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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2018.11.29 Thursday

秋が枯れ行く

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    JUGEMテーマ:日記・一般

    深まりのピークを越した秋が、少しずつ枯れてゆく。

    今では不動尊の本堂の近くまで車で登れるようになったが、かつてを懐かしむように不動口から歩いて登る。

    忘れ物を思い出すように、脳裏で何十年も前の少年のころ、両親と登った映像が、キネマとなって甦る。

    いつか来た道を両親と登ることはもう叶わない。

    今年の秋を焼き付けておこう。

    冬の準備を始める前に、心のネガに焼いておくとしよう。

     

     

     

     

     

     


    2018.11.24 Saturday

    晩秋を行く、心を洗う、

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      JUGEMテーマ:日記・一般

      晩秋の参道

      静まり返った瞬間がキネマのフィルムのように繋がってゆく

      心を広角にして見上げたり

      足元に目をやったり

      マクロの世界に飛び込んだり


      トタン屋根の端から覗いたり


      スレートの屋根を埋め尽くす景色に出会ったり

      日々の思考錯誤のようにあたりの場面は変わってゆく。

      なのに、自然の摂理にはひずみを感じない。

      自然界の移り変わりは無理などのない時の経過だと感じさせられるからだろう。

      僕は「愚痴聞き地蔵様」に話を聞いてもらった。

      少し時を置いて、自らの行き届かないところを探す自分がいた。

      つくそうとすることで、結果は見えなくとも進むべき道を見出すことができるということに気づかせてもらった。

      思いやりは、思いあうことで、その持てるぬくもりをより育むことができる。

      かなうなら、文字よりも言葉にして直接ぬくもりを届けよう、教えてもらったぬくもりを届けよう、

      学んできたぬくもりを届けよう。

      理想の姿があるとすれば、自分のことなど忘れて、気遣う気持ちを届け合えるのがいい。

      そして、人として至らないことや過ちがあった時には、すまなかったという気持ちを持ち続けなければならない

      だろう。

      でも、結局はできるだけのこと、できる範囲のことしかできないが、そういった思いがあるのとないのでは大きく

      違う。( 多くの問題は自分だけのファクターや思いでは済まないことだから、新たな波紋を広げないためには、望まな

      い人がどこかにいる場合には、触れてはならない問題だったということになるのだ。 )

      それに、理解を深めるためには、僕自身、ひょっとしたら聞き上手じゃないところがあるのかもしれないし、

      その上に、話してもらいやすい人になる努力も忘れてはならないだろう。

      そんな思いも忘れないように心の片隅において、時々その引き出しを覗くようにしようと思う。

      無理はできないけれども、今できることをして、今日を歩もうと思う。

       

      心が健康でないと無理が利かないどころか、日常の対応すら問題を生じていないか、

      周りに迷惑をかけてしまってはいないかと心配になる。

       

      本当のところは、身も心ものんびりとしたい。

      その過程だと思い、今を歩いている。

       

      美しいものを見たり、大きな心を持った人に出会うことで、僕の心は救われている。

      あるべき姿を教えられ、進むべき道が見えてくる。

       

       

       

       

       

       


      2018.11.22 Thursday

      幸せはその在りかを見出そうとするものであって、決して比べるたりするものではない

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        JUGEMテーマ:日記・一般

        しあわせはその在りかを見出そうとするものであって、決して比べたりするものではない。

        春と見間違えるほどの色合いの秋の日。

        毛づくろいをしながら小川で日向ぼっこする一羽の鴨。

        レンガの道に埋め込まれた街のシンボル。

        緩やかな時を噛みしめながら、なんの取り柄も代り映えもない午後を歩いた。

        たとえ今だけだとしても、何事もないひと時はありがたいものだ。

        見栄えなんかよりも大切なものは日常にあることを教えられる光景があった。

        古本とちょっとした雑貨を扱う店はこじゃれたが構えだが、日常が大きく前に居座っている光景だった。

        そう、嘘や見栄などのない、大切の順番をちゃんと知り、守れる人が店主なのだろう。

        次に来た時にはこの店の扉を開けてみようか・・・

         

         

         

         

         

         

         

         


        2018.11.21 Wednesday

        桜紅葉と線路沿いの公園

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          JUGEMテーマ:日記・一般

          線路沿いの公園に桜紅葉の季節が訪れた。
          ガタンゴトン、ガタンゴトン、と響く音が、ドップラー効果とともに近づいてきて、そして遠のいていった。
          その音が遠ざかる頃には頭の中ではチェロの音色が響き始めた。
          フィンジ前奏曲だ。
          ドラマティックではないけれども、日常の十分が流れるひと時を噛みしめ、踏みしめながら今日を歩む。
          物理学や化学では手に入れることのできることない幸せが、深い感情や季節感とともに流れているのを感じた。
          かすかに震える振動をあまりにも確かに感じた。

          2018.11.20 Tuesday

          夜な夜な

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            JUGEMテーマ:日記・一般

            僕はたまに、夜な夜な、散歩に出かけることがある。

            夜のお城はライトアップされて浮き上がってきれいだ。

            でも照明のない日は、外周道路で人一人出合うこともない日があって、不気味にさえ思う。

            どうしてここにいるのだろう。

            この、今の、感覚に引き寄せられているのだろうか。

            寂しくって、怖いような感覚だが・・・

            同時にキレイという感覚と共に居る。

             

             

             

             

             

             


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