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2018.01.17 Wednesday

僕らがいた 

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    JUGEMテーマ:日記・一般

    あの日、二人はこんな風にそこにいた

    今思えば、あの日二人はとんでもなくシアワセだった

    いかなる悲しみがあろうとも、間違いなくシアワセだった

     

     

          あるおじいちゃんの涙                            

     

          雨の日も風の日も、台風でもやってこない限り、1年と4か月、おじいちゃんは毎日病院に通い続けた。

          そこには入院生活が続いている奥さんに向かう一心な想いだけがあった。

          おじいちゃんは今年90歳を迎えた。

          目が不自由であろうとも、足元がしっかりしなくとも、おじいちゃんは毎日、バスを乗り継ぎ病院に向かった。

          年を越し間もなく奥さんは亡くなった。

          そして、4か月の時が流れても、何の気力も湧かず、部屋を出ることもなく

          閉じこもったままのおじいちゃん。

          奥さんに逢い、励まし、時を共にする喜びに感謝し1年と4か月を過ごしたのだろう。

          奥さんを思い出しては、涙の止まることのない日々が続いた。

          「家内のいない人生など・・・」と語り続けた。

          本人は、間違いなく悲しみのまんまんなかにいることは紛れもないが、この夫婦はとんでもなく幸せな夫婦だったのだろうと、微笑ましくも羨ましくも思えたのだ。

          僕はたった今思ったそのままの正直な想いをおじいちゃんに話しかけた。

          そして、いつのまにかおじいちゃんの涙は止んだ。

     

     

    あの日、二人は間違いなく、とんでもないほどのシアワセの中にいた

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    コメント

    神様は、過ぎ去った時間から心に残る部分を切り取って「記憶」する力を私たちに与えてくださいました。
    さらに…その「記憶」を「思い出」という宝物ものに変える魔術も授けてくださいました。
    時々、その魔術を憎んでしまうこともありますが…すべての「思い出」を素直に受け入れられるようになりたいものです。

    おじいちゃんの涙のように…。
    2018/01/18 11:06 PM by Y.U
    ココロに刻まれた素敵な事象だけを「記憶」として残し、「思い出」という宝物ものに変える魔術があればいいのにと思ってなりません。
    心無い事象に苛まれたことも、残念ながら消えることはありません。
    だから僕は、「精一杯」を尽くすことで、そんな想いが入り込まないように走り続けているように思います。
    「精一杯」に自分を置くことで、救われているのも事実です。
    おじいちゃんが純粋に生きてこれたことを、僕は嬉しく思います。
    「よかったね」って心からそう思います。
    羨ましくも思いますが、自分は自分でちゃんとした道を
    歩まねばならないと教えていただいたようです。
    そのおじいちゃんには感謝の気持ちと同時に、役に立てるかどうかはわかりませんが、寄り添うことができればと思っています。
    2018/01/19 9:50 PM by ryo

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