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2013.07.09 Tuesday

キネマランドという時代

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    その昔、ひとつの映画館は、たいてい一つの映画だけを、ロードショ

    ウの期間中、映写し続けた。

    見たい映画があれば、街の書店で「ぴあ」を見て、頭に時間をメモし

    て映画館に足を運んだ。

    「キネマ」の世界観とはそんな下調べの振りがあったり、見るまでの

    労力や現場に早く行ってからも、チケットを買い、座席指定などない

    から前回の上映が終わるまで待って、並んでは、競って席に向かった

    りと、結構大変な作業だった。

    今時の映画館というと、あの頃の大衆の少し贅沢な娯楽の手順は実に

    合理化され便利といえば便利だが、人としての行動手順の中にあった

    人間味が消え、表情ひとつ変えることない指先の

    画面上の作業で予約完了といった作業が、人のつながりを失い、物事

    への思い入れやその深まりの大切さをまで体感できなくなり、デジタ

    ル化されたゲームセンターににも似た現代のキネマランドは、観る映

    画を商品のように陳列し、どれにされますか?お決まりになったら

    「決定」のボタンを押してください、と、これでは帰路の通路での作

    品の話での盛り上がりも生まれようはないように思ってしまう。

    社会性や人としての思いやりを欠いた行動や言動に出くわすたびに、

    人の手を借りずに、物事がそれなりに都合よく便利に成立させてしま

    えることが、人間性の欠如といった副産物を生み出している一端にな

    っているように思える。

    待ちに待ってとか、苦労してとかは、別にわざわざ口にしたりする言

    葉ではないだろうけど、とても大切な手順のように思うんだ。

     





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