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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2017.03.30 Thursday

穏やかな時

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    カメラを手に岸壁に立っていると一人の漁師に「いい写真が撮れましたか?」と声をかけられた。

    僕は「なかなか難しいです」と返した。

    その時、画角というものは、日常がいいし、その中のちょっとしたことでいいと気づかされた。

     

    いろんな事があった。

    そのたびに道を探した。

    ここは漁港の中、波も穏やかだ。

    穏やかな時が流れるからカモメも安心して羽根を休め、水面から餌をついばんでいる。

    いろんな事があったから、やわらかな時を過ごしたいとだけ、ただ願う。

     

     

     

     

     

     


    2015.09.14 Monday

    価値観を語る前に

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      マクラーレンのスポーツカー、中古でも2500万円





      フィアットのオールドカー、50〜220万円くらい



      世間の価値観に触れたり知る前に、必要なことは自分との係わりがどれほどのものかということで、

      これらの車ほど高かったり、実用性に欠けると、

      遠い存在で係わりなどないことは容易に気付くことができるのだが・・・


      しかし、以前から気になっている物で、手の届く範囲のもっと身近な物になると、

      どうしても必要な物でもないのに、勘違いをしてしまって、

      どれがいいのだろうと比べたりしてしまうことがある。

      以前には、ギターのチューニングの精度を求めてチューニングメーターを探したことがある。

      危ない、危ない。

      どうして買ってしまったのだろうなどと思うことなどないように、

      よくこの先のことを想定して、 もしも・・・というところを想像することはとても大切なことだ。


      ココロを救ってくれるものというものは、決して物質は主体にはなりえない

      物や自らに向かうことなどなく、誰かのためにと想う気持ちが、

      一番にやさしい想いに導いてくれることを忘れてはならない。














       

      2014.12.24 Wednesday

      今は、こんな感じ

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        実は、今はこんな感じなんだ。




        僕の未熟さがゆえにべったりと張り付いたメカニカルノイズの除去に悩まされている。

        エンジニアの「玉ちゃん」がいなければどうにもならない状況だが、彼はひたすらに、

        頑張り、助け続けてくれている。 ・・・そりゃ、ありがたい。 ホントにありがたい。

        彼がいなければ、僕は今日に至らず、とっくに壊れていただろう。

        最善に向け、今日もなんとか踏ん張らしてもらっている。

        なんとか明日につながっている。















         

        2014.11.22 Saturday

        なくさないで

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          精一杯がわかるからこそ

          値打ちという簡単な言葉では片付けることのできない価値感がある



          人知れずひたすらに歩み続けている人がいる

          だから、いっときの感情の勢いで、そんな人への決め付けと否定する言葉を発するものは

          自身を深く虚しくおとしめる結果となり後悔しか残さない



          何も語らずに歯をくいしばり歩き続ける

          僕もまた語らない

          意にせずとも、傷つけることの怖さは果てしなく深いからだ

           

          今日の僕の目には、冬に迫られた空は、感情をなくしてしまったような色合いにさえ映って見えた















           

          2014.11.05 Wednesday

          冬っぽい風景

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            木に残る葉の数が減ってきた

            寒そうな景色になってきた

            いろいろなことがあっても、耐えるという心境と

            なぜかマッチする情景だ


            このまま流されたりしないで、ちゃんと明日への道を歩まないといけないよ

            しっかりしろ自分



                       











             

            2014.09.27 Saturday

            青空がのぞいた。     ・・・意思表示の持つ意味

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              本人たちの口からの、はじめての意思表示があった。

              彼らが彼らの思いを語ったかどうかはわからないが、

              たとえ誰かが舵を取っていることだとしても、自体が進展に向かうことはありがたいことだ。

              形として、意思表示の持つ意味は大きい。

              なぜならば、それを叶えるべく進めばいいからだ。

              出来る限りをもって歩み、その先は、結果として、個人の判断や感情が入ることは許されない。

              社会としての判断を、責務を負う公人にすべて任せるということになる。

              結果を受け、それ以上も、それ以下も求めてはならないということになる。

              しかしながら、尽くすということにはなんの制限も生じないのだ。

              ようやく光が見えた。

              GO AHEAD !!









               

              2014.08.03 Sunday

              どうか守ってあげてください

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                この夏は、やりきれないことでいっぱいいっぱいの夏になった。
                義理の兄のこと。
                そして、今日の出来事のこと。
                複数の悲しみが溢れてしまい、僕はどう精一杯を尽くしていいのかさえわからず、
                やみくもに道を探そうとしている。
                小学生の頃、田中町のアスファルトの道で、一匹の可愛い子犬がいた。
                そこに1台の乗用車が勢いよくやってきた。
                僕はとっさに「危ないよ」って、「おいで」って手を差し伸べた。
                次の瞬間、子犬は走り来る車の方に走り出し轢かれてお星様になってしまった。
                今日の僕は、あの日の感情とよく似た感情に支配されている。
                良かれと思う気持ちが招いてしまった不幸と向かい合い、
                たとえ、ちっぽけなチカラにしかならないかもしれないけど、
                出来ること尽くしてゆかなければ、人として歩まなければと自分に話しかけている。

                何もないことの、平穏な日々の、この上ないありがたさを身にしみて感じる。
                自分のいたらなさがやりきれない。
                誰ひとりとして不幸になんかならないで欲しいと、ひたすらに願う。
                心平穏な日々はやってくるのだろうか。
                こんなにダメな、イタラナイ僕なのに、
                頑張れって、負けるなって、励まされ生かされている。
                僕にできるすべてを尽くすことが一番大切な道だ。
                誰も不幸になんかなっちゃいけない。
                目が覚めるたびに胸が苦しい。
                みんなが悲しい思いなんかかかえなくていい日がやってきますように。









                 

                2014.07.25 Friday

                真実を問うよりも大切なことがある   

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                  真実はひとつであろうが、誰もそれを証明することはできないことだってある。
                  なぜなら、真実がまぎれもなく存在する事だとしても、
                  そうじゃないと思っている、もしくは願っている他の心があるならば、
                  もうそれが偽りだとは証明することはしにくくなる上に、
                  証明したところで、当事者の心に何の落ち着きどころも生まれないと思われるからだ。
                  これで本当にいいのかどうかを認識できるかどうかは、その当事者の心に委ねるしかないからだ。

                  僕は思う、いつの世も、ひと時の感情に流されることなく、
                  大局的に、嘘偽りのない世界の中で、相手に不利のない道に導くことが大切なポイントだと。

                  力ずくでは何ひとつ解決に導かれることなどはなく、まっすぐに正直に生きてきたものほど、
                  這い上がることのできない程の傷を負い、傷つけた方はしたことの重大さに気づくはずもなく
                  悲しいことに、それをあたかもどうだと言わんばかりにあざ笑う者もいる。
                  なんと嘆かわしいことだ。
                  僕は、相手を尊重するために、自分の歩み寄れるギリギリまで歩み寄り、解決策を考える。
                  それ以上のことは、今の僕の尺度では思い浮かばないし、僕にできる精一杯のところだ。
                  自分自身の尺度を捨ててしまえば楽にはなるだろうが、それでいいのかと自問する自分がいる。
                  より多くの問題にちゃんとした対処ができているかどうかは周囲からの評価に委ねる他ないが、
                  社会での尺度も鑑みながら、自分なりにブレない尺度を持って、
                  多くを、悩みながらも解決にあたる他はない。

                  真実はひとつであろうが、もし証明できることがあったとしても、人の心は救われない。
                  大切なのは、問題に向かうプロセスの中で、決して相手を不利に陥れたりすることのないように
                  配慮した上で、自分の許容範囲の中で精一杯を尽くすことだと心している。
                  そうすることで、今一度、みんなが自問自答し、人としてあるべき姿を探すように向かうことで、
                  みんなが自分自身に対しても、他人に対しても正直な優しい気持ちで向かえるのだろうって思う。

                  そう自分自身に語りかけながら、毎日を刻んでいる。

                  人の笑顔というのは本当にありがたいものだ。
                  だからこそ、心折れそうになった時にも、頑張れるのだ。

                  明日は、一つでもたくさんの「ありがとう」を伝え会うことのことができる一日になりますように。









                   

                  2014.06.12 Thursday

                  ・・・大切なことって?

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                    大きく息を吸い、空を見上げ、風を感じ、ゆっくりと流れてゆく雲をながめる。
                    ココロが自然に呼吸できるってとても大切。
                    心が通じ合えるってなんだかホッとする。
                    そんなことが自然で空気みたいな日々を送りたいと願う。

                    いろんなことでココロがしばられてしまうと、
                    自分のためにすることではないのに、
                    心を売りたくないのに売らなきゃならなくなってしまっては、
                    不条理さえも自ら抱え込まざるを得なくなってしまう。
                    「バチ当たりさ僕は・・・」  とさえ思わざるを得なくなってしまうこともあるのだ。

                    僕は、今や、何も考えなくて良いようになりたいと願っている。
                    いろんなシガラミとオサラバしたい。
                    それが本当に自然な心のかたちだと感じている。

                    やっぱり僕は普通がいい。
                    不自然はしんどい。
                    いろんな人と普通に話をして、いい時も、そうでない時も、
                    普通に時が流れていて欲しい。
                    普通の日々に埋もれていたい。
                    そんな、思いっきりの普通がいい。
                    普通に積み重ねる日々だけでいい。
                    普通に努力を続ける日々だけでいい。

                    もし、不自然を受け入れてでも乗り越えなければならないことがあるとすれば、
                    それは、家族のため以外の何者でもない。
                    僕にとっては、家族はそれほどまでの存在だ。

                    やむおえない事はさておいて、
                    あとはなるようにしかならないとココロをすっかりほっぽり出して、
                    そこから先はいっさいココロに何も止めないで、置かないで、
                    なるようになってみよう。
                    今日も、今日だけを、一生懸命に走り続けて、たくさんの人に喜んでもらって、
                    だから、一生懸命の間は、いやなことは少し薄らいで心の重荷は和らぎます。
                    正直に言うと、心が少しでも楽になれるように頑張ったのかもしれません。
                    だとすると、自分勝手なのかもしれません。
                    でも、それだけではありません。
                    そこには、屈託のないいくつもの笑顔が確かにありました。

                    先のことは、先に流れゆく風に任せるとして、
                    誰にも迷惑をかけているわけじゃない一生懸命の自分を
                    僕は許してやりたいと思っているのです。

                    6月12日午前0時30分、ここ2〜3日のうちで一番動悸が落ち着いている。
                    ここのところ、毎朝、目醒めの瞬間に心が締め付けられていた。
                    次の目覚めは少し平気になっているような気がする。

                    オヤスミナサイ。











                     

                    2013.04.12 Friday

                    望む  [革命、前前前、夜]

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                      遠方を望むための望遠鏡。

                      手に取るように見えるから

                      自分だけの世界だと勘違いしそうだが、

                      そこにある大切なものはすべて自分のものではないし

                      決して触れてはならないものであり

                      輝き続けてもらわなければならない存在なのだ。

                      全体を見渡し、それからもう一度覗いてみよう。

                      すると自分のエゴの存在に気づくこともあるだろう。

                      決して汚(ケガ)してはならないのだ。

                      可能性に満ちることが当たり前と思う若者。

                      生かされていると語る老人。

                      誰にも過ちはあると解く前に

                      真っ直ぐに生きようとするものほど、心はガラスのようなものだから

                      それを決して壊さぬようにと、守るようにと、一番に解くべきだと、

                      僕は思う。

                      自分ひとりの世界に入り込む程に、他人の想いが見えなくなるという

                      一面が顔を覗かせたら、こんなに危険で野蛮なことはない。

                      不幸を招かないように、立ち止まり、大きく見渡せば、

                      幸せは大切な人の心があってのことと気づくのに・・・









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