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ぼちぼちと歩き続ける日々

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2022.08.11 Thursday

おぼろ月夜にて候

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               〜 おぼろ月夜にて候 〜

     

     

    今夜はおぼろ月夜にて候。

    つばめが低く飛ぶと雨。

    夕焼けの次の日は晴れ。    ・・・等はよく聞く言葉です。

     

    調べてみると「おぼろ月夜」と呼べるのは、どうやら春に見るぼやけた月のことを言うらしく、それ以外の

    季節に使うのは誤りとありました。

    一般人の僕には、季節を限定してしまうと、肩ぐるしく? いえいえ、せっかく一年中楽しむように使えて

    いた言葉が、今は春じゃないからっていうのは損をした気持ちになってしまうので、我がままなことかもし

    れませんが、通年での使用を許して頂きたいと思うのです。

     

    こういった言葉って、自然に「明日の天気は晴れだね」とか、「明日は雨かな」って言いながら「予定はこ

    うなんだけど」などとお話しすることが、日常のあいさつのようなものになっていると思うのです。

     

    おぼろ月夜に、おぼろげな記憶を語り、取り戻す遠い日々。

    「ありがとう」の気持ちと肩を寄せるように感じる鼓動は一体何のせい?

     

    コオロギが鳴き始めましたね

    まだまだ、暑い日は続きますが、お盆を過ぎると背中を焼くお日様は同じでも、肌を撫でる風に季節の歩み

    を感じるひと時があります。

     

    言葉にして理由を語る以上に、確かな記憶ははっきりとした感覚で胸に迫ってきます。

    「素晴らしい」と感じたことだけを残そうとした気持ちが痛いほどに伝わってきて、盤が擦り切れそうにな

    るまで何度も再生した唄があります。

    「あの素晴らしい愛をもう一度」  ・・・でも加藤和彦はもういません。

     

    今夜はおぼろ月夜です。

    おぼろ気に始まった追想のはずでしたが、懐かしさ以上のものとして、記憶の断片はその地図を広げ、今、

    はっきりと瞼のスクリーンに映し出されています。

     

    【おぼろ月】 歌詞

    菜の花畠(ばたけ)に 入り日薄れ
    見わたす山の端(は) 霞(かすみ)ふかし
    春風そよふく 空を見れば
    夕月(ゆうづき)かかりて におい淡(あわ)し

    里わの火影(ほかげ)も 森の色も
    田中の小路(こみち)を たどる人も
    蛙(かわず)のなくねも かねの音も
    さながら霞(かす)める 朧(おぼろ)月夜

     歌詞の意味

    目の前には一面に広がる菜の花畑

    東から昇ってきた朧月の淡く輝く光は、
    家々から漏れる明かりや、森の木々の色、
    また、田んぼ道を帰る人だけでなく、
    蛙の鳴き声や、お寺の鐘の音に至るまで、
    すべてをぼんやりとした幻想的な空間で包んでいる。

    夕日の光が薄くなっていゆく

    山の端っこ。山の裾。山の麓。 

    目立つ色が淡くなる=夕方の月がほんのりと色づいている

    「夕月」は「三日月」という意味もある

    山里の家から漏れる光
    家から漏れる光

    カエルは鳴き

    全てがぼんやり見える

     

     

    さて、何かに追われる様に毎日を送っている内にも、ふと、ココロの在り方を学んでいるように思います。

    同時に歳を取るということは物理化学的に無くすものが増えてゆくことでもあります。

    こういったごく自然な時の流れの中で、残されたものに感謝をすることを忘れずに、届けることのできる

    ぬくもる思いを届けながら、これからを歩んではいかがですかと・・・

    そう想起させられる、ゆったりと、おおらかな「おぼろ月夜」の曲でした。

    心得る努力も、想いを柔らかく持とうとすることも、おだやかな明日へのプロローグだと思いました。

     

    加藤和彦の「あの素晴らしい愛をもう一度」 とは随分とかけ離れたところまで話は飛躍しましたが、

    彼の声であの歌をもう一度聞きたいと思う人は多いと思います。

     

    人はいろいろな感情を抱きます。

    出来たこと、果たせなかったこと、喜んでもらったこと、悲しませてしまったこと、伝えられたこと、

    伝えられなかったこともしくは伝わらなかったこと、足りなかった言葉もしくは伝わらなかった謝罪。

    ことが足りるのは人の気持ちが落ち着きを取り戻した時だけ。

     

    やはり、人の思いを理解することに努め、できることに尽くすこと。

    そうすることでココロは、落ち着いた道を歩むことを許されるのだと思います。

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    14:10 | いつか | comments(0) | - | - | - |
    2022.01.30 Sunday

    古い工場(こうば)の鼓動

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      JUGEMテーマ:日記・一般

      張り巡らされた有刺鉄線のワイヤーの向こう側にはいくつものドラム缶が無造作に置かれていて、

      その向こうには煉瓦造りの古びた工場がある。

      煙突からは煙が湧き出すように吹き出し、稼働していることを知らせてくれる。

      無機質な工場の屋根のずっと向こうでは、太陽が暮れるまでには、もう一仕事があることを伝えてくる。

      暫くの時が過ぎ、土曜日の夕刻が近づいても、昔ながらの作業の音は続き、稼働の火は止まらないようだ。

      夜になっても、建屋の鼓動が軋んだように音を立て、時折蒸気を吐く音を不規則に響かせ、まるで生き物のよう

      にその鼓動が伝わってくる。

      人の手を必要とする作業、互いの思いや、つながり、人のかかわりが支えられる世界がここにはある。

      紡ぎ続けていって欲しいと思える世界がある。

      発展や生き残りのために時代が生み出した、A.I.にリモート、人の能力(出来)をコンピューターで優劣を判定し

      人を管理するシステム。

      管理する側の人の、管理される側の人への思いはどうなってしまったのか。

      人としての心というものはどこに行ってしまったのか。

      システムや、設備の自慢はするが、人へのよい想いを聞くことがない時には、危機感を覚えるのだが・・・

      ひょっとすると、管理する方も、される方も、それを当たり前として、今という時代を歩いているのかもしれない。

      そう思うと、もうすでに自分自身は、こんな時代には、とっくについてゆけなくなってしまっている。

      自分たちの職場が、前時代的だと言われ、時代の流れに淘汰さてしまうことがあってはならないのだが、

      そのような事のないように気持ちを通じ合えるように努めている。

      必要とされるのは対話、それも上下関係のない意見の交換ができる状況を作り上げる事は大切だ。

      どの人の思いもその人にとっては正しいわけで、それを語ってもらえるということは心から互いを信頼している訳

      で、そういった中で育まれる、先輩後輩の関係や立場の違う人の、それぞれがそれぞれを思い気遣う関係の成長も

      大切に思える。

      見失いたくないもの、失くしたくないものが確かにある。

       

       

       

       

       

       

       

       

       

       


      09:44 | いつか | comments(0) | - | - | - |
      2018.02.12 Monday

      僕らがいた

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        JUGEMテーマ:日記・一般

        君がいた

        僕らがいた

        僕がいた

        憧れたヒーローもいた。

        少年ジェットが大人になると、

        顔を出すのが照れるからって? 月光仮面になって(勝手な想像だが)・・・

        いつもシンプルに正義が主役の時代で、

        「正義」を疑ったり、「正義」って何なんだろう、なんて考えることもなかった。

        そうして、時代は駆け抜けていった。

        やがて、正義と言うものは、「望まれないことには、決して誰も近づいてはならない」ということだと知った。

        大切を守るためだ。

        力ずくな者は、人のココロをないがしろにし、人のココロを無視した行動を自我のもとに平気で決行する。

        これでどうだと言わんばかりだ。

        だからこそ、僕は何事もないことを一番に望んだ。

        「望まれないことには決して近づいてはならないのだ、絶対に触れてはならないのだ」

        幼い純真たちが不幸にならないことだけを願ってやまない。

         

         

         

         

         


        2017.07.30 Sunday

        県庁前かいわい   ( 時間旅行ツアー )

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          JUGEMテーマ:日記・一般

          昨日は和歌山県民文化会館での勉強会だった。

          この写真は三木町を南に向かっているところだ。

          40年以上の記憶をさかのぼってみたが、県立文化会館のはずなのに県民文化会館としか呼んだ覚えがない。

          言葉の使い方の話になるが、「県民文化会館としか呼んだ覚えがない」という言葉は限定する言葉として使う

          のが普通の事なのだが、ここ和歌山では「AよりもBしかいい」などと比較級で使われることの方が多い。

          そこで、「今月は暑かったけど、来月しかもっと暑なるやろな」

          文化会館の裏手の駐車場を出るとこんな夏っぽい装いを施した古びたビルがあった。

          与太郎っていう居酒屋が入っているようだった。

          43年前の高3の夏のことを想い出した。

          当時、日本の音楽シーンにはバンドというものがほとんどなくて、そんな中、超有名なモップスというバンドの

          前座を務めることになった僕らは、高3という常識からすると本筋から外れて音楽に打ち込んでいた。

          本番当日、夏の日の文化会館前はこんなだったろうか。

          シミンちゃんとシンヤと僕がステージにいる。

          ボーカルは他校のやつで名前を忘れてしまった。(ゴメン)

          シミンちゃんもシンヤもプロのミュージシャンとして今もメシを食っている。

          すごいことだ。

          僕はあのひと夏だけの急増ベーシストだったが、一緒にやれたことを誇りに思っている。

          ブルースを目指す者、テクニックを追求する姿勢、どちらも僕には自分の能力を超えたものであり、

          音楽でのつながりは自然消滅となった。

          彼らの情熱とストイックさを見て、自らの音楽との向き合い方やフィールドの違いを感じた僕は、高い演奏力は

          身に着けたいという気持ちはあるけれども、音楽をココロのオアシスとしたり、自分なりにココロに残る作品造り

          のほうに力を注ぎたいと思ったのは事実だった。

          今の僕の音楽があるのは彼らとの出会いがあったからという一面がある。

           

          今、遠い思い出と共に、懐かしむ夏に「ありがとう」って伝えたい。

          表通りを歩いた。

          文化会館隣の駐車場の二階に大きなフェニックスの木があるのには目を疑った。

          よく見るとしっかりと大地から幹が延び、二階の床にはこのフェニックスのために大きな穴があけられていた。

          管理をされている方の命への優しい想いが伝わってきた。

          県庁前の歩道橋。

          中学生の頃、よく渡った。

          中央奥に見えるのが和歌山城の天守閣だ。

          ハットンとは友達でもあり、ヤマハのいいステレオでマンダムのコマーシャルで有名になったジェリーウォレス

          の唄う「男の世界」を何度も聞かせてもらった。

          楽器店がまだ練習スタジオなどをしていなかった学生の頃、日曜日にバンドまがいの練習をして、ハットンの父

          さんにひどく叱られたことを覚えている。(日曜日は確か近所迷惑だからと言って音楽教室事体がお休みだった)

          あの頃、僕らの間ではビートルズの「レットイットビー」の映画の中、「ゲットバック」がアビーロードスタジ

          オの屋上で演奏され、警察官に静止されるシーンがあり、それでも「ゲットバック」だけは最後まで演奏された。

          あの年頃の僕らには、それが、何とも言えず、かっこよく映ったが、ハットンの父さんにひどく怒られたことで、

          黙って楽器店の屋上で演奏することは中止になった。

          その後、ピアノを買わせていただいたし、僕が40歳の頃、スタジオで練習させてもらったことを記憶している。

          でも、ハットンはもういない。

          ある日、突然にお星さまになった。

          ここは教育大学の正門のあった場所だと記憶している。

          僕たちはこの坂の右下にある中学校に通っていた。

          今は夏休み、部活の声が聞こえてきそうだ。

          再び文化会館の裏通りに戻る。

          なんとなく洒落た店を発見。

          ここで今日の時間旅行のツアーは終了。

          やっぱり時は流れているからと感じる・・・

          もう少しで研究会が始まる。

           

          懐かしさに浸るひとときを持てて幸せな日だった。

           

          あの頃、時を共にしたみんなが、幸せでありますように、幸せになりますように。

           

           

           

           

           


          2017.06.11 Sunday

          一週間

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            JUGEMテーマ:日記・一般

            日曜日、午後から雑貨屋に行った

            先日、手を滑らせガラスコップを割ってしまったので、新しいのを購入

            この店の気だるい空気がボーッとできるからだろうか? ・・・僕は気に入っている

            月曜から水曜日は忙殺されたかのようにあわただしく過ぎた

            そんな中、世の中の矛盾に振り回され、それでも力になれることがあればと尽くしたことには違いない

            でも、僕は本当に力になれたかどうかは不安に思っていたことも事実だった

            そして、木曜日の夕方、確かに体もココロもは重かった

            気分転換がしたくて隣町まで自転車に乗っていった

            すると急にハンドルを持つ手がバランスをとれず、ペダルにも力が入らずふらふらし始めた

            怖さとしんどさで自販機の横の金網に自転車を立てかけ、直ぐ前の車止めに腰を掛け休んだ

            少し肩で息をする自分がいる

            おかしい

            CCレモンを自販機で手に入れ、飲み切ってしばらく休んだ

            多分、疲れに低血糖が乗りかかったのだろう

            帰ってゆっくり休むことにした

            そして金曜日、明日は出張だからと、仕事を終えてから気になっていた事案の話を直接聞かせていただいた

            少しでも、ココロ安らぐ答えに近づいていただけたらいいのだが・・・

            土曜日、朝6時の電車に乗り込み岡山に向かう

            9時から17時までみっちりと勉強させていただいく

            写真は会場を行き来する間に見つけた緑の庭

            せわしなく移動する間に見つけたココロのちょっとしたオアシスになった

            さすがに8時間の講演を立て続けに聞くのは少し疲労する

            メモを取る人も多く、すごいなって感心させられたが、

            僕は後で見ないと自信をもって言えるのでいつも取らない

            その場でわずかにインプットできるものを持ち帰ることにしている

            最後の講演の終了間際に会場を出た

            外の空気は落ち着くし、ちょっとした達成感がうれしい

             

            他にも、怖い事とかいろいろとあった1週間だったが、

            何とかやっていけていることに感謝しよう

            時計はもう明日になってしまったが、、今日は日曜日、ゆっくりしよう  ・・・ウレシイ

             

             

             

             

             

             

             

             


            2016.02.07 Sunday

            ようこそ公園へ

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              懐かしき日々

              子供たちの声がショートディレイで響いている

              一年はあっという間で、今年ももうひと月が過ぎた

              驚くばかりの速さで人生は過ぎてゆく

              悔いたり、先を按じたりもするけれど

              今をどれだけ価値のある瞬間にできるか

              それが人としての命題だ

              僕自身、許せなかったり許容できないことがいくつかあるが 

              その中でも特に許せないのが自分自身なのだと思う

              だからこそしっかりしなきゃいけないのに

              どうにもならない程にたびたび気持ちがグチャグチャになってしまう

              僕は僕なりに誰とも何とも干渉することを避けながら

              相変わらず襲いかかってくる非情に負けてなるかと歯を食いしばる精一杯の日々だ

              今を力いっぱい生きることが一番大切なことだ

              気持ちがどん底を過ぎたあたりで、僕はいつもそう自分自身に言い聞かすのだ



              子供たちのはしゃぐ声が眩しい

              僕にも昔そんな時があった

              ようこそ公園へ・・・







               

              2013.01.28 Monday

              冬の海岸

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                冬の海には、夏という季節があったなんて気配はない

                冬の造形は、人が訪れない間の、自然界からの贈り物

                「5名様、シャワー付き、3000円」の看板は横たえ

                寒々としたビーチに人影はない



                小さな砂浜に目をやると

                北風のいたずらが海と直角に砂丘のような縞模様を描いていた



                近づくと、小鳥の足跡が残されていた

                こんな砂浜でさえ、小さな命をつなぐ恵が育まれているのだろう

                冬の浜辺は、恐々と孤高以上に物悲しい

                辛いことに・・・ 「どうして?」と投げかけたくなる

                そんな色と冷たい風に景色は寒々と揺れていた







                2012.12.27 Thursday

                静寂の夜、 寒い夜

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                  想うところは、確か、に色々とあった 

                  多くの涙を流した

                  しかし、最後に立ち返る場所は

                  人として歩くべき道とは

                  一点の曇りもなかった君を、決して不幸にしないこと

                  静寂の夜、寒い夜

                  僕はクリスチャンではない

                  神様がいてくれたらと何度思ったことかわからない

                  でも神様はいなかった

                  だから僕は、自分のための人生として生きることはない

                  一番に君に幸せになって欲しいからだ






                  2012.12.17 Monday

                  幸せの意味

                  0




                    幸せの意味って

                    毎日、毎日、もっと近くにって想うこと


                     





                    2012.12.09 Sunday

                    いつかクリスマスの残像に

                    0




                      クリスマスにこんな町並みを歩くと

                      いつか脳裏の残像として、深く刻まれそうな風が吹き抜けていった

                      今日はこの冬一番の冷え込みだった

                      行き交う人もまばら

                      恋人たちにとっては、急速に距離の縮まりそうな午後に思えた








                       

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