アクセスカウンター

篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

篠了平公式ホームページへ
http://ryouhei.info/

<< September 2017 | 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28 29 30 >>

2017.04.19 Wednesday

サクラ・グッドバイ

0

    今年も、ひとつ、春のドラマは終焉を迎えた。

    「グッドバイ・サクラ」

    「アリガト」

     

     

     

     

     

     

     


    2017.02.20 Monday

    公団にて

    0

      砂場があり、滑り台がある

      たくさんの人生が行きかいしていた

      中学生の時のことだった

      担任の先生のおうちに泊めていただいた

      先生はサイモンとガーファンクルのファンでその夜「スカボロフェア」を聞かせていただいた

      そのステレオがテクニクスだったのか、ボストンだったのかは覚えていない

      とてもいい音だった

      大きな音だったので「大丈夫?」って聞いた

      「このくらい、大丈夫」っていう言葉が返ってきた

      僕の人生の中で経験した一番いい音だった

      低音がすごかった

      他の会話は覚えていない

      朝ご飯をいただいたことを想い出した

      その先の記憶はない

      先生は若くして亡くなられたそうだ

      こんな様子の建物だったことを想い出した

      50年近く前のことだった

      お世話になったことを想い出した

       

       

       

       

       

       

       

       


      2016.12.28 Wednesday

      探し物   (2016の終わりに)

      0

        目に映るもの

        この写真の中だと

        人であったり、冷蔵庫であったり

        とらえ方、感じ方ひとつで変わってくる

        スマホにとらわれていると何一つ気が付かないままに通り過ぎてしまうかもしれない

        それだけじゃない

        ココロを開き忘れるかもしれない

        自分自身の大切にしたいココロさえ忘れて周りに流されてしまうかもしれない

        話は変わるが

        物理的な事実とは異なり

        ココロの中の真実は何物にも代えがたいものがある

        複数の心の真実が一致した時にだけ平穏や幸せというものがもたらされる

        望まれないことに踏み入ったり、勝手な無理強いがあった時には不幸な結果しか生まれない

        そんな邪心は堕ちていくほかはない

        晴れた日があり、曇ったり雨の日があるのと同じく

        今日をこういう風にできたならとそれぞれの真実を探し出そうするのが人生というものだ

        物理的な力など振るわれることはあってはならない

        ココロの中では

        悲しみに打ち勝つには悲しみを伴い

        苦しみに打ち勝つには苦しみを伴う

        ココロの扉をしっかりと開いて

        しっかりと見て

        ココロの中の守りたい世界を守るために今という時、今日という日を大切にしたい

         

        今年もあと少しになりました

        たくさんの方のお世話になりながら

        生き様や人としてのあるべき姿を学ばせていただきながら一年が過ぎてゆきました

        とても長く思える日もたくさんありましたが、一年とは短いことのように思います

        一生懸命に歩ませていただけたことにただただ感謝するばかりです

         

        ありがとうございました

         

         

         

         

         

         

         


        2016.05.17 Tuesday

        一人芝居

        0


          謝ることはできたの?

          逆ギレはしなかったの?

          もう、どうにもならないけれど、

          今なら、心から「ごめんね」って言えるの?



          僕なら言える      ・・・何もできないけどね

          ココロの中だけの力にだったらなれる










           

          2016.04.19 Tuesday

           こころの分岐点を観察できた日 ( 心の処方箋 )

          0

            こころの分岐点を観察できた日
             
                  2016・4/17(日曜日)


            まず1番目に、 ・・・先週、熊本で大変な災害を引き起こした大きな地震が始まった。

            2番目に、 ・・・4/16(木)、以前よりもう一度引き受けたいと考えていたイベントの出演を決め以前にお引き受けさせていただいた時はお昼の2時頃の枠で、眩しくて歌詞カードを見ようにも目を開けづらかったことを想いだした。 最終枠の3時半を希望しOKをいただいたのだが、後になり他の方の希望が入っていると4/15(金)に連絡があり、4/17(日)にこちらから、「勝手なことを言いご迷惑をかけ申し訳ありませんでした」と連絡をさせていただいた。 心配していた通り困っておられたようで、「あっ、そうですか、助かります、ありがとうございます。宜しくお願いいたします」と明るい口調の声が返ってきたのには電話をしてよかったと心からそう思わさせられたのだった。( 自分が引くことで、他の人の心に負担がかからないことが一番いい。僕の心も落ち着いてゆくのを感じた。)
                  
            3番目に、・・・一方、今年はお礼の意味も込めて出演させていただこうと思っていたので、4月に入り少しずつ練習を積み重ねていた。新しい曲も書いた。 そして、4/16(土)に人前で聞いていただける場を与えてもらったので20分程させていただいたのだが、なんとあまりの緊張で目が歌詞を追いかけきれず、お客さんの反応もよくわからず、そう遠くない本番に対する大きな不安に支配されてゆく自分が居ることがわかった。

            そして、4/14(木曜日)以後、テレビではどのチャンネルもが地震のニュースを報じ続け始めた。
            翌朝、午前4時、嵐のように強い風が吹き付ける音で目が覚めてからココロの動揺や焦燥感が収まらない。 

            ストレスの要因は増える一方だ。

            間違いなく逃げようとする自分がいる。
            逃げれば楽になったかもしれない。
            逃げれば楽になったかもしれないが後悔することになるのは明白だった。 
            /17(日曜日)は丸一日とんでもない動悸と焦燥感に襲われ収拾のつかない最悪の精神状態だった。
            しかし、午前中に先ほどの電話をかけさせていただいた後は、受話器の向こう側の明るい声をこころの栄養剤として、昨日の反省点も踏まえ、前を向くことにして、練習を始めた。
            しかしこの日は胸の落ち着きどころもなくひたすらにとんでもなくやり場のない日で、16時前にはアルコールを飲み始めてしまったのだ。
            それでも、19時ごろからは再び問題点を確認しながら練習を始め2130分頃にはようやく疲れきって、ココロの動悸が落ち着き始めていた。
             
            ココロの動悸は決してこの事件に対して起こっているのではないことは痛いほどに僕は分かっている。 
            許容レベルを超えてしまったストレスの総量により、どうにもならなくなったココロは今しがた起こったストレスに対してではなく、どうにもならず以前より抱え続けてきた問題に対して向かい始め自分自身に襲いかかってくるのです。
            しかし、もともとのストレスで、ココロの許容レベルいっぱい近くまで埋まってしまっているから、ちょっとしたことで許容レベルのラインを越えてしまい僕のココロは壊れてしまうのです。

            だから上乗せされる新たな問題(ストレス)から逃げるか、輝きを求めて立ち向かうかしかないのです。
            ここで言う輝きというのは、自分自身の輝きという事よりはむしろ、僕が何か出来ることをして、喜んでいただける事や空間がそこに生まれて、誰かの笑顔が輝くことでわずかな人生の時間であったとしても幸せを感じて、その結果、僕にも幸せな想いが生まれるという喜びのキャッチボールのようなものなのです。
             
            そして迎えた4/18(月曜日)朝、もともとココロの不調が完全に無くなるなんてことなどはなかったけれども、昨日のようにどうにもならない表現のしようのないほどの最悪で逃れようのない切迫感が減じていることだけでもありがたかった。
             
            ここで気付いたことはココロが壊れるのは、ストレスの総和があるレベルを超えたすぐ後に起こるという事です。
            僕はもともと大きなストレスやココロの傷といったものをかかえているから、ストレスの総和が域値を超えないように穏やかに日々を送るように気をつけて行動する必要があるのです。
            そして自分の不注意で域値を超えてしまった場合には、こうして自らのココロの処方箋が必要になります。

            今は自分のことで精一杯ですが、少し時間が経てば、こんな経験も誰かの役に立つのかもしれません。

             












             

            2016.01.07 Thursday

            負けないで

            0


              人生には試練としか言えない岐路がある

              ここだけは乗り切って欲しいと願い祈ることしかできないが

              キミなら絶対に大丈夫だ

              自分自身を信じ乗り切って欲しい

              to  M
               













               

              2015.12.11 Friday

              心的圧力は罪で人にあらずの行為 ( ココロの窓 )

              0




                「ネガティブ」は圧力で、「ポジティブ」は想い合う気持ち

                心的圧力は罪で人にあらずの行為

                何の干渉もなく時を過ごすことが心穏やかに過ごす道です

                人はそれだけで十分なことです




                O君への事件以来、干渉は、する側の心の荒廃(思いやりの見失い)としか思えなくなった













                 

                2015.11.07 Saturday

                遙かなる道

                0

                  たくさんの道があった

                  傷つき閉ざされた道もあった

                  自分を確かめようと歩いた道もあった

                  しかし、ほとんどの時間は無意識に歩いた道だった



                  やがて、人として歩むべく、いつか道は一つになった

                  それは遙かなる道

                  意識して歩く道

                  明日に続ける道

                  一本道




                  今、僕は、次なる人生の課題を一歩前に進めようとしています。

                  今年リリースした僕の集大成のCDアルバム「まにあいびと」に続いて、

                  来る年に向け、今度は僕の人生観を綴ったエッセイ集を刊行しようかと考えています。

                  今日、たった今、下書きが書き上がったところです。



                  音楽と違うのは、短期間で思い付きを書いてみたのですが、

                  初めてのことなので全く手順が分からず、

                  多くの方のお世話になりながら、可能なら進めてゆきたいと思っています。



                  今しばらくの月日が必要になると思いますが、どうなることやら・・・









                   

                  2015.10.17 Saturday

                  一回忌

                  0

                    義理の兄が亡くなって一年が経った

                    時が経つのはうそのように早い

                    京の伝統工芸を守る一流の表具師だったが

                    60歳を前にあまりに早すぎる死だった

                    まだ家に行けばいるような気がする

                    仕事場から出て来そうな気がする



                    お墓参りをさせていただいた

                    行く度につまらない自分はいないか、ちゃんと歩けているか確認させていただいている














                     

                    2015.10.06 Tuesday

                    どうやら大丈夫

                    0

                      昨日、一週間ぶりに飲酒した。

                      心配していたのは、今日飲みたいという気持ちを抑えられない事にならないかということだったが、

                      意外とそんな気持ちにはならずに夜を迎えた。

                      職場にチューハイ好きの人がいて、僕の大好きな銘柄を飲んだことがなかったようなので

                      そいつを「ムチャ、ウマイデー」とお勧めした。

                      午後7時も過ぎ、その会話の後に家路についた。

                      幸い、途中立ち寄ったコンビニでもアルコールは特に飲みたいと思うことなく

                      店を後にすることができた。

                      今日の夜も、ギターを少し奏で、そして就寝前は読書で過ごそうと思っている。

                      「僕の人生の次の足跡」を何か考えってみようとちょっと思い始めている。

                      飲むと飲み始め時は心地よいが、しばらくすると何だかヨドンダ感じになってしまい、

                      今となり思えば、ずい分と時間をどぶに捨ててきたような気がする。

                      でも、いいところもあった。

                      いろんな思いが浮かんだり、自然なココロになれたりとか・・・

                      より深いところに自分の心を旅させてみたりとか・・・

                      でも、飲酒の日っていうのを休みの日限定っていうことに決めてみることにしたんだ。



                      明朝の確認事項は、飲まない翌日の起床時に例の胸の締め付け感が現れるかどうかだ。



                      さー、ギター弾こうっと。

                      本読もうっと。



                      そして、夜が明けて、飲まなかった日の翌朝がやってきた。

                      朝、いろいろと考え始めると、確かに精神的な問題がないことはないが、

                      飲んだ翌朝の精神状態と比べると明らかに違うのだ。

                      ココロは大きな締め付け感からは解放されている。



                      一日のスタートラインが違うと、明るく接することのできる人の数が増える。

                      今日お会いすることのできる誰かの笑顔が増えれば、僕も幸せな気持ちになれる。

                      今日をガンバロウ!!










                       

                      ▲top