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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2019.01.03 Thursday

生きてゆく

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    JUGEMテーマ:日記・一般

    朝、仕事を済ませ、寝たきりの父を病院に迎えに行く。

    父をひと時でも迎えるのは、家族全員の協力がいることだ。

    意思の疎通が難しく、介助しても立てないことは本人にとってやりきれない苦痛に違いない。

    たとえ、ひと時であっても、そろっておせちを食べてもらえるのはありがたいことだ。

    午後1時前には父を病院に送り届けた。

    まだ車いすには座ってもらえるので、近くを巡ろうとしたが途中で「寒い」と言ったためすぐに病室に向かう。

    寂しそうな言葉と表情が見えたが、この状況で毎日を成り立たせてゆく他はない。

    夕方近くになり、いつもの道を走り始めた。

    隣町との境を流れる川を進むカモ。

    いつもの池ではたくさんの水鳥が冬を越そうとしている。

    ふとM君(神主さん)のことが気になり、隣町にある神社にやってきた。

    見かけたら声だけでもかけれたらと思ったが、彼の顔は見あたらななかった。

    参拝だけ済ませて神社を後にした。

    いつものショッピングセンターにやってきた。

    ペットショップには、引き取り手の見つからないままに大きくなったワンちゃんがいた。

    速くだれか連れて帰って欲しいと祈った。

    公園の空はまだまだ冬の色が続いてゆく。

    あったかな物語の一つにでも出会えたらいいのにな・・・

     

     

     

     

     

     


    2018.11.24 Saturday

    晩秋を行く、心を洗う、

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      JUGEMテーマ:日記・一般

      晩秋の参道

      静まり返った瞬間がキネマのフィルムのように繋がってゆく

      心を広角にして見上げたり

      足元に目をやったり

      マクロの世界に飛び込んだり


      トタン屋根の端から覗いたり


      スレートの屋根を埋め尽くす景色に出会ったり

      日々の思考錯誤のようにあたりの場面は変わってゆく。

      なのに、自然の摂理にはひずみを感じない。

      自然界の移り変わりは無理などのない時の経過だと感じさせられるからだろう。

      僕は「愚痴聞き地蔵様」に話を聞いてもらった。

      少し時を置いて、自らの行き届かないところを探す自分がいた。

      つくそうとすることで、結果は見えなくとも進むべき道を見出すことができるということに気づかせてもらった。

      思いやりは、思いあうことで、その持てるぬくもりをより育むことができる。

      かなうなら、文字よりも言葉にして直接ぬくもりを届けよう、教えてもらったぬくもりを届けよう、

      学んできたぬくもりを届けよう。

      理想の姿があるとすれば、自分のことなど忘れて、気遣う気持ちを届け合えるのがいい。

      そして、人として至らないことや過ちがあった時には、すまなかったという気持ちを持ち続けなければならない

      だろう。

      でも、結局はできるだけのこと、できる範囲のことしかできないが、そういった思いがあるのとないのでは大きく

      違う。( 多くの問題は自分だけのファクターや思いでは済まないことだから、新たな波紋を広げないためには、望まな

      い人がどこかにいる場合には、触れてはならない問題だったということになるのだ。 )

      それに、理解を深めるためには、僕自身、ひょっとしたら聞き上手じゃないところがあるのかもしれないし、

      その上に、話してもらいやすい人になる努力も忘れてはならないだろう。

      そんな思いも忘れないように心の片隅において、時々その引き出しを覗くようにしようと思う。

      無理はできないけれども、今できることをして、今日を歩もうと思う。

       

      心が健康でないと無理が利かないどころか、日常の対応すら問題を生じていないか、

      周りに迷惑をかけてしまってはいないかと心配になる。

       

      本当のところは、身も心ものんびりとしたい。

      その過程だと思い、今を歩いている。

       

      美しいものを見たり、大きな心を持った人に出会うことで、僕の心は救われている。

      あるべき姿を教えられ、進むべき道が見えてくる。

       

       

       

       

       

       


      2017.12.24 Sunday

      メリークリスマス

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        JUGEMテーマ:日記・一般

        ココには大都会の洗練された感覚はない

        入り口近くに屋台は3軒あっただけで

        人影もまばらで

        まるで、無声映画のロケ現場に迷い込んだような感覚にさせられる

        公園の職員さんたちの手作り感があったりもするけれど

        こんな、おとぎ話に迷い込んだような世界観もあって

        いろんな感覚に浸ることが出来て、想い起すことも出来て

        「メリークリスマス」

         

         

         

         

         


        2017.09.24 Sunday

        花めぐり

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          JUGEMテーマ:日記・一般

          午前中早くに仕事を済ませ、お昼前にはポタリングに出発

          末広公園にてプランターとテイクアピクチャー

          吸い込んだ空気が澄み始めたのがわかる

          お昼は「いこらモール」のフードコートでケンケン(ケンタッキー)で月見チキンバーガーをいただく

          本屋にCDショップにペットショップそれに雑貨屋も覗いて臨海に向かう

          臨海道に向かう途中にはこぎれいなビジネスホテルがあって、

          ここでお花を眺めるひとときが、いつもの僕の楽しみのひとつになっている

          ちょっとした、いやいや十分な「花まつり」だ

          幸せな気持ちを抱いて休日のポダリングはのんびりと続いた

          途中、出会ったワンコもニャンコも笑顔に見えた一日だった

          "be happy"

          誰もがそうあってほしい

          何でもないことがすごく幸せに思えた

          そんな今日のひと時だった

           

                 ( 僕にしてみれば、昨日まで、少しだけ頑張りすぎていたようです。

                                        チョットダケ、ブログをさぼります。

                                                     おやすみなさい  )

           

           

           

           

           

           

           

           

           

           


          2017.04.19 Wednesday

          サクラ・グッドバイ

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            今年も、ひとつ、春のドラマは終焉を迎えた。

            「グッドバイ・サクラ」

            「アリガト」

             

             

             

             

             

             

             


            2017.02.20 Monday

            公団にて

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              砂場があり、滑り台がある

              たくさんの人生が行きかいしていた

              中学生の時のことだった

              担任の先生のおうちに泊めていただいた

              先生はサイモンとガーファンクルのファンでその夜「スカボロフェア」を聞かせていただいた

              そのステレオがテクニクスだったのか、ボストンだったのかは覚えていない

              とてもいい音だった

              大きな音だったので「大丈夫?」って聞いた

              「このくらい、大丈夫」っていう言葉が返ってきた

              僕の人生の中で経験した一番いい音だった

              低音がすごかった

              他の会話は覚えていない

              朝ご飯をいただいたことを想い出した

              その先の記憶はない

              先生は若くして亡くなられたそうだ

              こんな様子の建物だったことを想い出した

              50年近く前のことだった

              お世話になったことを想い出した

               

               

               

               

               

               

               

               


              2016.12.28 Wednesday

              探し物   (2016の終わりに)

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                目に映るもの

                この写真の中だと

                人であったり、冷蔵庫であったり

                とらえ方、感じ方ひとつで変わってくる

                スマホにとらわれていると何一つ気が付かないままに通り過ぎてしまうかもしれない

                それだけじゃない

                ココロを開き忘れるかもしれない

                自分自身の大切にしたいココロさえ忘れて周りに流されてしまうかもしれない

                話は変わるが

                物理的な事実とは異なり

                ココロの中の真実は何物にも代えがたいものがある

                複数の心の真実が一致した時にだけ平穏や幸せというものがもたらされる

                望まれないことに踏み入ったり、勝手な無理強いがあった時には不幸な結果しか生まれない

                そんな邪心は堕ちていくほかはない

                晴れた日があり、曇ったり雨の日があるのと同じく

                今日をこういう風にできたならとそれぞれの真実を探し出そうするのが人生というものだ

                物理的な力など振るわれることはあってはならない

                ココロの中では

                悲しみに打ち勝つには悲しみを伴い

                苦しみに打ち勝つには苦しみを伴う

                ココロの扉をしっかりと開いて

                しっかりと見て

                ココロの中の守りたい世界を守るために今という時、今日という日を大切にしたい

                 

                今年もあと少しになりました

                たくさんの方のお世話になりながら

                生き様や人としてのあるべき姿を学ばせていただきながら一年が過ぎてゆきました

                とても長く思える日もたくさんありましたが、一年とは短いことのように思います

                一生懸命に歩ませていただけたことにただただ感謝するばかりです

                 

                ありがとうございました

                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


                2016.05.17 Tuesday

                一人芝居

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                  謝ることはできたの?

                  逆ギレはしなかったの?

                  もう、どうにもならないけれど、

                  今なら、心から「ごめんね」って言えるの?



                  僕なら言える      ・・・何もできないけどね

                  ココロの中だけの力にだったらなれる










                   

                  2016.04.19 Tuesday

                   こころの分岐点を観察できた日 ( 心の処方箋 )

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                    こころの分岐点を観察できた日
                     
                          2016・4/17(日曜日)


                    まず1番目に、 ・・・先週、熊本で大変な災害を引き起こした大きな地震が始まった。

                    2番目に、 ・・・4/16(木)、以前よりもう一度引き受けたいと考えていたイベントの出演を決め以前にお引き受けさせていただいた時はお昼の2時頃の枠で、眩しくて歌詞カードを見ようにも目を開けづらかったことを想いだした。 最終枠の3時半を希望しOKをいただいたのだが、後になり他の方の希望が入っていると4/15(金)に連絡があり、4/17(日)にこちらから、「勝手なことを言いご迷惑をかけ申し訳ありませんでした」と連絡をさせていただいた。 心配していた通り困っておられたようで、「あっ、そうですか、助かります、ありがとうございます。宜しくお願いいたします」と明るい口調の声が返ってきたのには電話をしてよかったと心からそう思わさせられたのだった。( 自分が引くことで、他の人の心に負担がかからないことが一番いい。僕の心も落ち着いてゆくのを感じた。)
                          
                    3番目に、・・・一方、今年はお礼の意味も込めて出演させていただこうと思っていたので、4月に入り少しずつ練習を積み重ねていた。新しい曲も書いた。 そして、4/16(土)に人前で聞いていただける場を与えてもらったので20分程させていただいたのだが、なんとあまりの緊張で目が歌詞を追いかけきれず、お客さんの反応もよくわからず、そう遠くない本番に対する大きな不安に支配されてゆく自分が居ることがわかった。

                    そして、4/14(木曜日)以後、テレビではどのチャンネルもが地震のニュースを報じ続け始めた。
                    翌朝、午前4時、嵐のように強い風が吹き付ける音で目が覚めてからココロの動揺や焦燥感が収まらない。 

                    ストレスの要因は増える一方だ。

                    間違いなく逃げようとする自分がいる。
                    逃げれば楽になったかもしれない。
                    逃げれば楽になったかもしれないが後悔することになるのは明白だった。 
                    /17(日曜日)は丸一日とんでもない動悸と焦燥感に襲われ収拾のつかない最悪の精神状態だった。
                    しかし、午前中に先ほどの電話をかけさせていただいた後は、受話器の向こう側の明るい声をこころの栄養剤として、昨日の反省点も踏まえ、前を向くことにして、練習を始めた。
                    しかしこの日は胸の落ち着きどころもなくひたすらにとんでもなくやり場のない日で、16時前にはアルコールを飲み始めてしまったのだ。
                    それでも、19時ごろからは再び問題点を確認しながら練習を始め2130分頃にはようやく疲れきって、ココロの動悸が落ち着き始めていた。
                     
                    ココロの動悸は決してこの事件に対して起こっているのではないことは痛いほどに僕は分かっている。 
                    許容レベルを超えてしまったストレスの総量により、どうにもならなくなったココロは今しがた起こったストレスに対してではなく、どうにもならず以前より抱え続けてきた問題に対して向かい始め自分自身に襲いかかってくるのです。
                    しかし、もともとのストレスで、ココロの許容レベルいっぱい近くまで埋まってしまっているから、ちょっとしたことで許容レベルのラインを越えてしまい僕のココロは壊れてしまうのです。

                    だから上乗せされる新たな問題(ストレス)から逃げるか、輝きを求めて立ち向かうかしかないのです。
                    ここで言う輝きというのは、自分自身の輝きという事よりはむしろ、僕が何か出来ることをして、喜んでいただける事や空間がそこに生まれて、誰かの笑顔が輝くことでわずかな人生の時間であったとしても幸せを感じて、その結果、僕にも幸せな想いが生まれるという喜びのキャッチボールのようなものなのです。
                     
                    そして迎えた4/18(月曜日)朝、もともとココロの不調が完全に無くなるなんてことなどはなかったけれども、昨日のようにどうにもならない表現のしようのないほどの最悪で逃れようのない切迫感が減じていることだけでもありがたかった。
                     
                    ここで気付いたことはココロが壊れるのは、ストレスの総和があるレベルを超えたすぐ後に起こるという事です。
                    僕はもともと大きなストレスやココロの傷といったものをかかえているから、ストレスの総和が域値を超えないように穏やかに日々を送るように気をつけて行動する必要があるのです。
                    そして自分の不注意で域値を超えてしまった場合には、こうして自らのココロの処方箋が必要になります。

                    今は自分のことで精一杯ですが、少し時間が経てば、こんな経験も誰かの役に立つのかもしれません。

                     












                     

                    2016.01.07 Thursday

                    負けないで

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                      人生には試練としか言えない岐路がある

                      ここだけは乗り切って欲しいと願い祈ることしかできないが

                      キミなら絶対に大丈夫だ

                      自分自身を信じ乗り切って欲しい

                      to  M
                       













                       

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