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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2016.12.05 Monday

病気というもの

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    倉敷と岡山の間にある中庄という駅がある。

    3日前、おばさんが脳卒中に倒れた。

    搬送先の病院のある中庄にいとこたちは全員集合した。

    昨年まで89歳にして週に3度は数百メートルを泳いでいたおばさんだった。

    病と呼ばれる所以は発症したからそう呼ばれるわけであり、予防できればそれは気づかれることないままに

    当たり前の日々であるかように僕らは過ごしている。

    予防の大切さは病気になって初めて気づかされるが、残念ながら時すでに遅しになることはあまりにも多く

    やりきれない思いにさせられることはしばしば経験させられることでもある。

    人生と同じく、病気もまた気を付けていてもその隙間をついたように悪いことは起きる。

    僕たちはその教訓をいかす他はないのだ。

    そんな中、たがいの想いを気遣う僕たちがいるように感じたのは決して僕だけではなかったと思うのだ。

    おばさんが少しでも回復に向かってほしいと思うことは間違いなく正直な想いではあるが、

    どうかつらい想いだけはしないで済んで欲しいと願うのも本当の気持ちだ。

    こんなことになってしまったが、いとこたちが集まり心のつながりを感じれたことはおばさんがいたからだ。

    僕らは今ココロの居場所を探そうとしている。

    また、いとこの旦那さんがよくおばさんのことを気にかけてくれていたことにも感謝したい。

     

     

     

     

     

     

     


    2015.07.31 Friday

    橋の上から

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      橋の下の堤防では、子供たちが日陰で涼をとっている。

      考えることなく時と戯れた時代が懐かしい。



      「良かったです」と言ってもらっては喜びをいただいたり、

      当然のことではあるが、期待したアサハカサを思い知らされることもある。

      言葉にするほどに、自らの至らなさを教えられる今日この頃です。














       

      2015.04.13 Monday

      春なんだけれども・・・

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        JUGEMテーマ:わんこ


        チューリップが咲き、すっかり春なんだけれども、

        ワンコの調子がすぐれず、それもきっかけが僕の不注意だったものだから、

        今は、ワンコの具合が回復してほしいと祈るばかりで心は落ち着くことがない。

        できることは何だってしてあげたい。

        だから、しゃべれないワンコに代わって獣医さんにちゃんと想いを伝え、

        少しでもよい道を探し、できうることや、なすべき道の順番を間違わないようにしなければならない。

        早く元気な姿になって退院してきて欲しい、そう願うばかりだ。











         

        2015.02.15 Sunday

        レトロ探し

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          間違いなく前を向いて歩いている。

          今日は、先日に引き続き、裏ジャケ造りの下見に出かけた。

          自転車で巡る古い建物探しは、「ヘェー」の連続で、

          レトロなキネマの1コマをいくつも連想させられた。

          やっぱり都会ってすごい。



          都会は、道をゆく車に人に、やたらと多い信号と、ストレスも多いが、たまにはいい。

          いと楽しきひと時なり。

          ・・・レトロ探し。










           

          2014.11.30 Sunday

          すき間の大切さ

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            オーケストレーションに音を詰め込んでみた。

            確かに、音符が増えると壮大にはなるが、

            和音の成立すら「ウン?・・・」って思えるところが出てくる。

            その調整は、楽譜を読み書きする気のない僕にとっては感覚にだけ頼って、

            弾いては抜き差しを検討するというとんでもなく時間のかかる作業になった。

            壮大にしたい場所はたった20秒ほどのことだが、その制作は今日で5日目を迎えた。

            好きこそものの上手なれとは聞くが、上手かどうかはわからないが自分なりに気に入ればいい。

            まー、とりあえずフレージングや音の積立はこれでよしとしたが、音色は難しい。

            しかし、力は尽くしたがこれ以上のことは望めそうにないので、

            オーケストレーションに関しては一応これで打ち止めとした。

            作業を進めていくうちに、音符が多ければよいというわけでもないということがよくわかった。

            音楽にはすき間の間というものがとてつもなく大切なのだ。

            どんな大地の上に音符が並べられているかが見えなくなると、息が詰まったり、

            進むべき方向を見失ってしまうのだろう。

            努力を積み重ねたうえで心を落ち着けあたりを見渡すと、ほどほどというものが

            神様のプレゼントとしてもらえるのかもしれない。



















             

            2014.10.07 Tuesday

            ロンサムカウボウイ

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              僕には、人生を通じて、いくつかの想い起こされるタワーがあるが、

              とりわけ京都タワーは、寒い冬やくもりのイメージが残るタワーだ。

              僕にとって、この街は決して晴れが似合う街ではない。

              僕の音楽作品の源流は60年代のポップスやロックだったが、

              この街で流れを変えることになった。

              ひとりよがりの僕は、今も何も変われずにいるロンサムカウボウイだが、

              ミュージシャンの僕にとって、荒野はどこに行ってもココロのふるさとだ。

              そして、僕にとってこの街は特別な荒野だ。













               

              2014.09.13 Saturday

              笑顔のチカラ    "SMILE !!"

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                ハッピーアワー

                かけがえのないチカラ

                それは、"SMILE!!"

                心からののスマイルはどんなことにも負けはしないよ












                 

                2013.03.26 Tuesday

                a letter to you

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                  届かなかった手紙

                  お伽話なら

                  冒険の果てにハッピーエンドのはずだけれど・・・

                  神様はいるって信じていたけれど・・・

                  いつの間にか夕暮れの雲をなんとなく眺めるようになった

                  それでも、やらなきゃいけないことがあるから

                  明日に向かって歩み続けることができることに感謝しようって思う


                   





                  2013.03.20 Wednesday

                  どうなんだろうって?・・・  ベンチにて

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                    限られた時間?
                    限られた環境?
                    十分な時間?
                    十分な環境?

                    どんな状況であっても
                    その場、その時の最善を、必要としてくれる人のために尽くせているだろうかと悩む。
                    それでも、情けなくなるような結果に迷い込んでしまうこともある。
                    こうすれば良かっただとか、
                    どうしてこういう風に考えられなかったのかとか、
                    自分を責めて眠れないことだってある。
                    しかし、うっとおしいことを避けてスルーしようとする者の現場に直面すると、いかにその現場に寄り添う心がないままに無駄に空虚な時間だけが流れて、弱者にとっては正当にも聞こえかねない理屈をてんこ盛りにした言葉だけが投げつけられ、行き場を決めつけられるのかと思うと、こっちまで辛い思いになってしまう。
                    放棄してしまえば楽になったかもしれないが、十分な結果ではないにしろ、今ある状況からのリカバリーに悩む自分は、馬鹿かもしれないが、ぬくもりを感じさせてもらえることで、救われているのではという思いに救いを求めているのかもしれない。
                    いろいろ思ってみても、努力だけは忘れず続けなければならないのが事実だ。
                    レンガ館前のベンチにて、壁にもたれかかって思ったこと・・・






                     

                    2013.01.16 Wednesday

                    「僕の中の天邪鬼」と、物を褒められるということ

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                      自ら所有する物を褒められた時

                      そのことを素直にそうとは思えない時がある

                      自分の思い過ごしかもしれないが

                      過去の嫌な思いにさせられた心無い言葉の感覚が蘇ると

                      素直に取れなくて

                      「物はいいが、それに比べて君はどうなんだ」って言われてるように

                      思ってしまうそんな自分が嫌で

                      知らず知らずに僕は遠ざかってゆく

                      気づかれないように遠ざかってゆく

                             
                                     
                      我を通すこともなく、一生懸命、和を想像しようと勤めているし

                      何よりも、僕は一番である必要はないし

                      地位や名誉を知らしめる必要などない生き方をしている訳だから

                      それぐらいのことは許されよう


                                                                       ・・・誰もいない公園にて




                       

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