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2022.09.17 Saturday

話の筋のその先は?

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            〜 話の筋のその先は? 〜

     

    僕は話の筋のその先を読むのが苦手だ。

    推理力の低さに問題があるのだろうが、相対する者との間で直接的な確認が取れないと、誰それがこう言っ

    ていたという話を鵜吞みにすることへの不安をぬぐいさることはできない。結果、その先のことも語れない。

    面倒な話だが、尋ねられても、再度、話の振出し(事の始まり)に戻って、そこから時系列の順に考えてい

    ったうえで、可能な範囲の答えだけを導き出す。

    たとえば、通常、この先はこうに違いないと思えることも、急な変更を強いられたり、自分自身では思いも

    つかない唐突な事象に出会うこともあり、驚かされたこともある。

    色々なことがあるだろうが、他人の感情であれ、自分の揺らぎであれ、感情に降りまわされないように努め

    たいものだ。

    話の筋というものへの理解は、個人個人で確証を得るレベルに到達した時に初めて、それぞれが同じことに

    同様の思いで理解をしたといっていいのではないかと思っている。

    そして、その時を迎えてはじめて、理解しあった先について語ることができるものと考えている。

    僕の覚書のあちこちに下線や矢印が飛び交っているのは、自らの認識の間違いを減じるためだ。

    推理力のある者が周囲もわかって当然だと思い込むことは、理解を深め共有することへの障害や軋轢(あつ

    れき)になる。

    真の理解というものいうものは、相手に望んだり、自分が背伸びをするよりも、互いに謙虚に近づくところ

    からはじまる。

    良し悪しを語るよりも、咲く花をただ美しいと思え方がいい。

    事実、この一枚の写真は、道端で見かけたこんなに小さな花だから、美しさに気づかない人もいるだろう。

    見落した人には気づいた人から知らせることで共感が生まれる。

    共感が生まれれば、好感が生まれる。

    理解も深まる。

    この季節、田舎道を歩きながら思い浮かぶ言葉は「稔るほど、首を垂れる稲穂かな」    ・・・かな?

    ・・・「いそがない」「いそがない」

     

     

     

     

     

     

     

     

     

     


    2022.08.18 Thursday

    「させていただく」という言葉

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               〜 「させていただく」という言葉 〜

       

       

      このような記事が朝刊の一面にあった。

      三省堂国語辞典第8版では、「させていただく」という表現について

       

      ・ 許しをもらってするときのけんそんした言い方

      ・ 許しをもらってするかのように装って、自分の行為をけんそんする言い方

      ・ 「感動させていただきました」のように相手と関係のないことに使うのは、丁寧すぎる。

      ・ しかし、世の中に広がり定着しているため、もはや使用を止めることはできないだろうとあった。

       

      この記事の筆者は、政治家が「○○させていただきます」というのを聞くとムカッとすると記していた。

      政治家全員がそうではないだろうが、へりくだる気持ちのないものに、そのような言葉をかけられると確かに

      不快な感情が湧くというのは理解できる。

      しかし、先に出た実際には許しをもらうのではなく「許しをもらってするかのように」装ってけんそんする言

      い方であることを知って得心したとあった。

       

      「させていただく」の使い方については続きの記事があったが、この先は有料記事とあった。

      支払い方を知らないということもあるが、有料記事の欄には進んだことがない。

       

      今日のブログは朝刊の記事から取ったが、職場の若者約20名ほどに訪ねたが、ひとりとして新聞を取るものな

      どいないという現実がそこにあった。

      今の時代、費用の節約ということもあるというのも納得できる。

      自分自身としては、ネットと違い信頼できる内容と日本語であると思い取り続けているが、確かに資源の無駄

      であると思うのも事実だ。

      しかしネットでは遭遇し難い、確かな情報やぶれない思いが記されているように感じているのは、昔ながらの

      人間の思うことだろうか。

      そういう自分も夕刊は取らなくなった。

       

      新聞は、我々の世代には一つのけじめのような感覚があるのは事実だ。

      ネットの配信の方が情報伝達が早い今、新聞の生き残る道は正しい情報やその取らえ方、正しい感覚を伝え、

      その伝え方自体を享受させる事でもあるように思う。

      あと、地元行事や地元の広告はネットでは入りにくい情報もある。

      しかし、それがどうしたと言われればそれまでのことだが、地の者が作った広告にはぬくもるものを感じる事

      も事実であり、地元の市民感覚は無くしたくないものでもある。

      何々がいい、何々の方が優れているとか良くないとか、現代は、生き残りの時代であるかに見える。

      生き残りに、正しいも、間違いもないのか。

      必要なはずのものが、時間制限を迫られ、本質を考え、確かめる時間さえ奪われているように思える。

       

      「○○させていただきます」の言葉たちも「もしあなた様の思いに沿うことができる様な私共の内容(対応)

      でありましたら、よろしければ、○○させていただくことも可能で、嬉しく思いますが、いかがでしょうか、

      よろしいでしょうか」のニュアンスが伝わることを願っているのではないかと思います。

      そのために必要なことは、普段からの思いやる心や気配りを持った立ち位置を取れるように心掛ける必要が

      あると思います。

       

      自らも反省をさせられることは多く、言うは易しで、なかなか難しいことではありますが、皆がそういった

      想いを持つことができれば、同じ言葉も、いい響きになるのではないかと思います。

      加えて、いちばん気を付けなければならないのは自分自身なのですが・・・

       

       

      十一面観音はあらゆる方向に顔を向け、すべての人を救済してくれるという。どこに居てもすべての顔で自

      分を見ていてくれる。厳しい顔、優しい顔、親に見守られていた子どもの頃の気持ちになる。と記された方

      がおられた。

      その通りだなと思う自分がいると同時に、「寂聴さん」や「あいだみつおさん」のように、ホントだなと、

      次の世代の心にも響く言葉の一つでも残せたらいいのになと、厚かましいことを思ってしまいました。

      こりゃ失敬。

       

       

       

       

       

       

       

       


      2019.07.09 Tuesday

      創造するべきものを探して

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        JUGEMテーマ:日記・一般

        土曜の午後、研修会に向かう

        ブルーに塗られたガード下をくぐる

        会場のある建物は外見、それに内装の見栄えも近代的に見えたが煩雑な動線には少し戸惑いを覚えた。

        あの頃の未来を予感して設計されたであろう造形からは何が届いただろう。

        ・・・で、エスカレーターの先の会場に到着。

        2時間余りの講演を聞き、いくつかの質問もさせていただき、有意義な時間を過ごさせていただいた。

        帰り道の風景。

        港大橋を渡ると大阪観が一気に増えてくる。

         

        いろんなことについていけない、そう感じる自分がいる。

        できることだけでもと思い、踏ん張る自分がいる。

        今は、自然体をなくしたと感じている自分と戦う自分がいる。

         

        多くのぬくもりに助けられながらの日々である。

        感謝をしっかりと伝えなければならない。

         

         

         

         

         

         

         


        2013.04.17 Wednesday

        最後のひとひら

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          ひらひらと舞い落ちてきたひとひらを受け止める名もない草花

          人が歳をとっていくように

          風が吹き、やがて地に落ち

          空から冷たい雫が落ちてくれば

          草むらのすぐ脇の小川へと身を任せることになる

          自然の流れは大切で、僕たちの心に大きな感動を与えてくれる

          しかし、人生では

          自然の流れとは、かけ離れた罠を仕掛けられることもある

          どうしても自らの心と身体を同時に守らねばならないときがある

          守るのは自分のためではないことを胸に刻んで全力を尽くす

          これが人としてのせめてもの抵抗だと思う

          それでも、心のない大きな暴力に押しつぶされた時には

          自分でウソをホントだと思い込めるほどにウソを貫き通すだろう

          それも自分のためではない

          しかし、そう思うことで自らも救われることにつながるかもしれない

          やりきれないことがあっても、思いやる気持ちを持って行動を続けれ

          ば、大切な人の心も、自分の心も救われる時がやって来る

          そう信じて、今日も忙しい一日の始まりに

          一瞬だけでも、ゆったりと立って

          今日という小さな未来を心に描いてみる










           

          2011.09.20 Tuesday

          oh what a lucky guy I am !!

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            迷った時は自我の微塵もないと確信できるなら

            前を向き、進むべし

            朝、8時40分に今日をスタート

            昼食を取ることもなく、5時まで休むことなく work it out

            続いて場所を変え satelite workへ

            こちらは1時間で終了

            次いで大きな深呼吸して、今日を終えた

            今日が始まったとき、体調の問題で、不安があったが

            僕は「なんてラッキーなヤツなんだ」って思った

            いつだってそうなんだけど

            体調を崩すのは、必ずオヤスミの日に限定されるんだ

            今回も、連休の間は半日だけで仕事を切り上げて

            ゆっくりと体を休めたら、無事、今日をクリアーできた

            感謝 感謝 !!





            2010.06.29 Tuesday

            不明なときは ?

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              潜水艦?          ・・・・・不明          

              水上バス?          ・・・・・不明           

              水陸両用車?        ・・・・・不明        

              戦用車? まさか「ガス?」 ・・・・・不明

              誤想像           ・・・不穏招来

              対処法           ・・・語らぬか、言ってしまったら自然減衰                
                              を待つ、もしくは謝る。



              本当は幸せを運ぶ車だったかもしれないのにね、 こんな想像しちゃって。

              誤った想像は、自分だけじゃなく、周囲まで不快にすることも多いから

              言葉にする前に気ずいて良かったー 。 「ホッ」 ・・・反省、反省!!

              でも、この車、一体なんだったんだろう ?





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