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2019.08.31 Saturday

ピンボケ

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    JUGEMテーマ:日記・一般

    ピンボケの写真

    ピンボケの道

    ピンボケの時

     

    ピンボケなのは力に押し流されてしまった僕の感覚

     

    ピンボケでないのは現実

     

    胸には対峙するココロの力をしっかりと抱きしめ続けよう

     

     

     

     

     


    2014.07.16 Wednesday

    踏切にて、  ・・・10秒間ののシネマ

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      今、踏切のシネマが終わる。
      車輪の間から覗いたり、車窓の間から垣間見たストロボ映像はこの車両が行き過ぎた瞬間で終わる。
      この踏切の向こう側にはトンパウロウという中華料理屋があったはずだ。
      25年ほど前に何度か連れてきてもらった記憶がある。
      今は写真のように民家となり、その民家も古びてきた。
      全く時の流れというのは恐ろしいものだ。
      人生ってなんだ。
      生きてゆくことってなんだ。
      いずれ、誰しもが幕を下ろすことになる人生。
      すべきことをし、自らよりも、身近の者にとってどれだけの幸せの一助となり得るか、
      その笑顔が自らをも幸せな思いに導いてくれるはず。
      それが互いの素敵づくりとなる。
      それが生きた証の財産となり後世にぬくもりを伝え、光の道へと導いてくれるはず。
      悲しみを知る者は無邪気には生きてゆけないかもしれないが、
      ぬくもりを届けるすべを教えられ、ぬくもりを与えられるのだろう。
      心優しい人に出会うたびにそう思わされる。
      今日、出会えたいくつかの笑顔に僕は支えられている。
      今しがた、思い浮かべては、「 ありがとう 」ってココロの中でつぶやいたところだ。
      やさしさの余韻が心に残っているうちに、
      今日は、これで、眠りにつくことにしよう。






       

      2011.06.18 Saturday

      ついさっき 

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        ついさっき通った風景

        クラクションが雨の交差点に響いた

        いつか僕らが歩いた街の景色も大きく変わった

        進化という言葉の影で、消えてゆく景色がある

        こうして時代は動いてゆく

        ついさっきと思っていたことが、ずいぶんな時の流れとなるのは早い

        ウインドウに映る自分は老いてゆく

        しかし、いまも尚、心は変わらないでいる

        想いというものは、歳を取らない

        そういうものなのだろう






        2011.01.21 Friday

        シャトルバス

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          街のシャトルバスに乗ってみたいって思った

          何処まで行くんだろう

          ウォークマンで、お気に入りの曲をエンドレスにリピート再生しながら

          流れゆく町の景色をシネマフィルムのように

          スロウモーションで眺めてみよう

           







          2010.12.08 Wednesday

          trailer

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            午後、目的地へと急いでいるのだろう

            目のまん前を、一台のトレーラーが走り抜けた

            風圧で体が揺れた

            何の叙情的な余韻もない、金属のカタマリが通り過ぎただけの一瞬だった

            生きていればこそ、明日がある

            そう思い知られる感覚が、僕の体を駆け抜けた








            2010.08.26 Thursday

            街ゆくトレイラー

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              トレイラーの後ろに描かれたアルファベットや数字も

              この街の洒落た色合いに引き立っていた

              洒落るというのは、大きな許容力とそのモノ自身の魅力の無限性なんだろう

              すると、それにつられるように、集うモノも素敵になる

              そうでなければ、後から来たモノは違和感として目立つ事にもなりかねない

              僕らは、毎日、「素敵探しの旅」をしているのだろう

              普段は、なかなか、考える余裕もないけれど

              すこし元気が増えてる日の朝なんかには

              こんなことに気ずいたりもするものだ









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