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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2019.02.04 Monday

節分

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    JUGEMテーマ:日記・一般


    節分の日

    厄払いと一年の平穏をお願いにやってきた

    帰り際、ふるまいの厄除けこんにゃくの最後の一個に当たった

    後ろに並ぶ人もいなかったのでホッとした気持ちで有難く頂戴できた

    今日のように何事もなく、ただ感謝して過ごせることがありがたい

     

     

     

     


    2016.08.27 Saturday

    夏の坂道

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      夏、16キロの道のりをこいできた最後にこの坂は、

      さあもうひと頑張りという気持ちにさせられる景色だ。

      この坂の向こうに海の見える景色が広がるからだ。

      少し息が切れ、汗が額から頬を伝って落ちる。

      写真は自転車から降りる気になれず、ペダルをこぎながら撮ったもの。

      どう?あと少しっていう感じが伝わっているだろうか?

      このモノクロームな世界の後にカラーの広がる世界が待っているはずなのだ。

       

       

      先日からココロ傷めていたことも、これからどうなるかわからないけれども、

      想い至らぬことだったと思うことも、結果がやってこないと想像もつかないことだった。

       

      僕は未来を案じてばかりで、ココロが一つのことに支配され少し盲目的になっていた。

      未来以上に今現在にもっと目を向ける必要があるということだ。

      ココロの健康だけは見守ることを忘れないでいてやりたい。

      優しくもいてやりたいが、すこしだけ煙いところも残さなければとも思っている。

      後になり、どうして言ってくれなかったのかなどと思われることのないように、

      後悔を残したりすることなどのないようにできることはしてやりたいと思うからだ。

      それからもう一つ、ボクシングの試合でのセコンド役も忘れてはならないと思っている。

       

      そして、一つの方向に向けて背を押さなければならない時が来たら背を押せばいいことなのだろう。

       

      多くの想いを抱えながらも、こうやって進んでゆくことを受け入れるほかはないのだろう。

      そう思う。

       

       

       

       

       

       


      2016.07.19 Tuesday

      大きな葦簀(よしず)

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        昨日は、職場の若者の結婚式と披露宴に出席した。

        第二の人生のスタートはそうでなきゃおかしいのだが、

        いつも華々しさと眩しさが少し遠くに感じるのは歳を喰ってしまったせいかもしれない。

        内容を僕なりに考え抜いて準備をし、主賓のスピーチをさせていただいたが、

        友人のスピーチのようなリアルな感動を語れるわけでもない。

        唯一できることは、人生の道のうちのいくつかの在り方をお話しさせていただく事くらいだ。

        あでやかな場を少し苦手に思うようになったというのが僕の正直な気持ちだ。

         

        一転して、今日、僕はアスファルトの焼けついた真夏の河内長野の駅前の国道に立っている。

        昨日とは全く相反する光景の中に僕はいる。

        駅前の国道という条件に似つかわしくない進化しない光景だ。(古民家に葦簀)

        想いだせば、商店街の中で見つけた看板には右から流れる文字が並んでいた。

        変わらないのではなく、そこには忘れ去られた昭和の景色の断片があった。

        この町にはアルベール・カミュが住んでいるのかもしれない。

        そんな想いになった。

         

         

         

         

         

         


        2015.09.04 Friday

        ワンコインのシアワセ

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          奪われたココロの在りかを探してもがいた軌跡の日々

          苦しい坂道も、ワンコインを握りしめ、ひと時のやすらぎ

          脳みそに引きずる物をしばらくの間断ち切ってくれるのは、日影での一杯

          ポケットのワンコイン様

          心地よさから覚めた後も

          自らに暇を与えなければココロは息を続けられる



          次なる自らへの課題は?  ・・・
















           

          2015.07.02 Thursday

          トンネル通過中

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            「まにあいびとが」タワーレコードでの在庫切れとなり5日が過ぎてしまった。

            自費出版の流通はこんなことになってしまうのだと実感させられている。

            タワーレコードからの発注によりCDは神戸の出版元から東京のディストリビューターに送られ、

            そこから東京のタワーレコードの倉庫に送られ、そこから地方のタワーレコードに発送されるという。

            何とも手間のかかる流通経路となっており発注後到着まで10日以上要するようです。

            手にしようとしていただく方には、何度も足を運んでいただくことになりホントに申し訳ないです。


            したがって、只今「まにあいびと」はこの写真のように長いトンネルを急いで通過中です。

            お許しください。


             














             

            2015.02.26 Thursday

            視野  (昨日とは別件)

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              まったく、輪廻のように、問題はやってくる。



              階段の奥では携帯を触りつずける人がいる。

              ずい分と長い時間のことだった。

              30分では済まない時間が過ぎたが触りつずけていた。

              平和なんだろうな・・・

              違うかもしれないけど、そんな風に映ってしまったのだ。



              僕はと言えば、毎日に追いかけられように心休まる暇もない。

              ひとつだけ間違いなく言えることがある。

              それは、周囲の崩してはならないバランスを保つことに気遣い、そこは絶対に守って、

              自分の限界まですべきことをやりつくしたということだ。

              心がしんどくないかと問われれば、間違いなくしんどい。

              しかしこれ以上もうどうしようもないところまで自分を追い詰め頑張りきったのだ。

              自分にできることはもう何もない。

              だからこそ、以前のようにあれやこれやと考えをめぐらし、

              押しつぶされ、まったくどうするべきことなのか分からず、

              ただうずくまっているというわけでもない。

              むしろ、ここまで頑張ったのだから、胸を張って、

              ひとつでも少しでも、プラスになることを自分らしく展開してゆくべきとすら思えるときがある。

              マイナスの力は強大であるが、そういった面への配慮を怠ったなどということは全くない。

              すべては、やりつくしたから今に至り、自愛などというものも捨て去った結果のことなのだ。

              生きることはつらいことも往々にある。

              故意なことは責められるべきであることは間違いないが、

              人を思い良かれと取った行動が、良い結果を導かないこともある。

              結果は後になり、その道でなくこの道がよかったとわかるものである。

              精一杯をやりつくしたのだから、これが僕ですと、

              自分に対してだけは、言ってもいいように思えるのです。

























               

              2012.02.24 Friday

              柔らかな日差しの中、坂道を下る

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                この一週間は、人のために尽くせたと言い切れる一週間だった

                仕事を終えての僕は、珍しく、まったくギターに触れることもなく

                ただ、ひたすらに、「傳(デン)ちゃん」を救うために

                裁判に向けての、書面をつずり続ける日々であった

                まさに、自分の事でありながら、人事(ヒトゴト)のようで、かつ

                自己表現が下手で、若干、ズルサが垣間見られるが、不器用で

                結局、正直がにじみ出てしまう「傳ちゃん」

                僕の心は、そんな傳ちゃんが、世の中の傲慢(ゴウマン)を

                押し通そうとする巨悪な力の前に押しつぶされる姿を

                放っておいて、見てみぬフリをする程

                堕ちぶれて、情けなくなった自分になりたくないという思いで満ちた

                のだと思うんだ

                それはそれで、「傳ちゃん」、ハヨウ、支払い済ませてや!!



                方や、別件でのことだが

                現存する法制度に守られ生活を営む我々の社会制度に対して

                理不尽な主張をする者に対しても

                その心うちに配慮した書面を作成しなければならない現実に

                やりきれない矛盾を感じた一週間でもあった



                息を切らして上り詰めた坂道も、やがては、心安らぐ光景と共に

                ゆっくりと下り、住み慣れた地に暖かく迎えられるときがやってくる

                「楽あれば苦あり」その逆もまた真なり
                 
                だからこそ、僕らは、学ばされ続けているのだ

                「人」という文字の成り立ちに、恥ずることのない生き方をしろよと

                教えられている思いにさせられた一週間であった













                2011.09.12 Monday

                山下り

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                  以前、金剛山に登って、ヒドクしんどかった覚えがある。

                  そこで、登りはロープウェイ、そして、歩いて下ることにしてみた。

                  今日は、夏のぶり返しで

                  大きな入道雲がえらそうに腕を組んで見おろしていた。

                  山頂も、涼しいとは言い切れないが、平地の暑苦しさはない。

                  9月11日、標高1000メートルの ススキと空は、まだ、夏色のままだ

                  った。

                  かつての登りでは、体への負荷がきつかった。

                  そして今日、下りでは、膝折れしそうになる位、自分の体重をささえ

                  きれなかった。

                  仕事のほうが、あまりにも忙しくって、スローライフには程遠いが

                  これからは、自分にとってのライフも問いながら、歩んでゆかないと

                  ねって感じた今日でした。









                  2011.09.08 Thursday

                  パン屋とホテルとソフトクリーム

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                    えらい坂道にあるパン屋のウインドウに


                    えらい坂道にある対面のホテルが映りこんで

                    ステキなカット見つけた。

                    ちょっとうれしくなったりしちゃって!!

                    この坂を上りきると、ソフトクリーム屋さんがある。

                    汗かいて、ほら張り切って、ご褒美まであともう少しだ。








                    2011.05.04 Wednesday

                    坂道

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                      どれだけの年月が流れたろうか

                      30年近くは経っただろうか、この坂道を登れば、港が広がるような気がした

                      あたりの景色は、いまや記憶には残ってはいない

                      街が変わったのか、自分が変わったのか

                      重い年月だったのか、知らぬ間に過ぎていった年月なのか

                      昔年のこととできるのか、そうでないのか

                      回り道だったと言うのか、はたまたそうではなかったと言うのか

                      自分の人生に言える事は、たとえ二者択一程度の事象であっても

                      「いずれにせよ」 という言葉からは、決して、切り出すことなどできない

                      ということだ

                      迷うことが、生きるための答えだ、という事もあると思っている








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