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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2017.08.19 Saturday

日本橋の電気店街

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    JUGEMテーマ:日記・一般

    ここ大阪の日本橋には30〜40年前の間、どっちを向いても、どこまでも続く夜店の屋台のごとくに電気店が

    軒を連ねていた。

    僕と電気店街の関わりとなると、35年前、東京にいた僕は、秋葉原の電気街でカセットウオークマンを買った。

    これが電気街との最初の関わりだ。

    秋葉原は日本橋と違って、屋台的雰囲気はなく立体的な街に感じたのを覚えている。

    その後、大阪に戻り就職した僕は何を買い求めてやってきたのかを想い出すこともできないのだが、職場仲間か

    ら日本橋の鈴木電機が安いと教えられ、店を訪れたのを覚えているが何を買ったのかはやはり想い出せないまま

    だ。 それが33年前のことだ。

    鈴木電機は間口が3メートルほどの小さな店だったので大きな家電などは何一つ置いていなかったように記憶して

    いる。

    ひょっとすると、その時の僕は、何も買わずに店の中を覗いていっただけだったのかもしれない。

    そして、30年前には寺下電機でステレオを買った。

    後は、インチ目の工具がなぜ入用だったのか思い出せないのだが、五階百貨店という電気街の中にあるとんでも

    なく大きな工具屋にやってきたことがある。

    そのあたりが日本橋の電気街の僕の最後の記憶になる。

    当時はネット販売などもなく、一店一店を訪れて値段を聞いて回ったものだった。

    今時の人がこんな話を聞くと不思議がることだろうと思うが、僕にとって、今の時代より楽しい買い物のカタチ

    であったことは間違いないと思っている。

    なにせ、店には、客も店員もあふれかえっていたのだから・・・

    商売の効率化が図られた現代とは違う、ゴチャゴチャとはしていたが、温もりにあふれていた時代だったと思う。

    広島の屋台のお好み村はお好みビルになり、五階百貨店はコーナンやダイキに追いやられ、大型の量販店が電気

    街を消滅させた。

    日本橋の大型量販店だというのに、僕の田舎の量販店よりお客ははるかに少なく見えた。

    ひょっとするとこの街で営業を続ける意味合いがないようにも思える。

    メインストリートを外れてみる。

    「ステレオセンター」に「電機屋」に「うどん屋」に「文具屋」に「飲み屋」

    チョットダケ昔が残っていた。

    でもあの頃の表通りは違う、もっともっと鮮やか色した屋台のような電気街だった。

    30年間使った僕のステレオは少々くたびれた。

    ハードオフに売りに出したらツイーターから音が出ていないからと、スピーカーは1000円で引き取られた。

    この街の今は、時代にやむを得ない変貌をを迫られた形に映るが、あの頃のように明るい活気が戻って欲しいと

    願うのは僕だけだろうか。

    たまたま目に入ったこの街の案内所に入ると、ちょうど定年を迎えたくらいの風貌のおじさんがいて、当時の記

    憶に残る話をすると「わー、懐かしいなー」と笑顔でこのあたりに残った数少ない電気店を案内してくれた。

    その案内を頼りに電気店を巡った。

    出会った店員さんは個性ある年配の店員さんばかりで、親切がうれしかったり、お客で来店しているのにつらい

    想いにさせられたりと、うまく文字にできそうもないので内容は差し控えるが、それぞれの人生の歴史がそうさ

    せているのだろうなと感じた僕にとっては深いものを刻むことになった気がした。

    自分勝手な偉そうな意見に聞こえるかもしれないが、歴史ある店に努める者と、新規参入の大型量販店に努める

    者の環境の違いが、人の道を変える一面に加わっているのかもしれないと感じさせられた。

    でも、今日、訪れ、お世話になったお店の皆さんに感謝はしていることには間違いない。

    結果として、違いが生じるとしたら、店員さんとの言葉などのやり取りの中で、どの店で買いたいかという気持

    ちになるかというのは間違いなく生じた。

    これが、昔には存在した商いというもののひとつのカタチなのだろう。

    だからだろう、30年前にお世話になった電気店のいち従業員さんの顔を、その後あったこともないのに、30年

    たった今も、30年前のままこの街角で想い出せるのだと思う。

    帰り際には、クラシックをほとんど聞かない僕ではあるが、当時、時々聞いていたイムジチ合奏団によるビバルデ

    ィーの「四季」を探して買って帰ることにした。

    僕は30年前のこの街のある秋の日のことを想い出していた。

     

     

     

     

     

     

     

     


    2017.07.18 Tuesday

    遠い時のフェンスの向こう側で

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      JUGEMテーマ:日記・一般

      宝物

      目を閉じて

      も一度目を開けて・・・

      ずいぶんと時は流れたね

      そして、この光景のように

      いつまでも優しく、懐かしくありたいと思った

      フェンスのネット越しに見える校舎から聞こえてくる声

      グラウンドのざわめき

      蝉の声

      僕は時を超え、ようやく見つけることができたんだ

      大切なものを

           ・・・また、ひとつ

       

       

       

       

       

       


      2017.07.16 Sunday

      夏の贈りもの

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        JUGEMテーマ:日記・一般

        ムチャ暑い日には、こんなのを眺めるのがいい。

        冷たそうなのがいい。

        かけられたヨシズの影と氷水に浸かった飲料のボトルたち。

        これから、夏は本番というのに、イカンイカン、もうすでに少しバテ気味の僕だ。

        そうそう、みんな水分補給を忘れないようにね。

        この一枚は「暑いー」って思たときの僕からの贈りもの

         

         

         

         

         


        2017.05.03 Wednesday

        僕らがいた

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          僕は落っこちたりしないように・・・

          飛び続けた、書き続けた。

          1年と7か月は、この歳になると結構長く、大変な時間に想えた。

          音楽以外の作品造りは初めての経験だったから、戸惑いもあった。

          これが僕の描きたい世界だったと言える様、できる限り正直に表現しようとチカラを尽くした。

          長短はあるが、552話になった。

          大切なことを書きそびれていることも多いと思う。

          同じことを堂々巡りしながら幾度となく書いている場面もある。

          どれだけ文字にしてみても、表現しきれることはないということも、書いてみて初めて分かった。

          あまりに感覚的なことで、文字にするのが怖くて書けなかったこともある。

          僕は人だから、道がわからなくなることもある。

          そう思うから、悲しみを生じないための道しるべのようなものを、

          想い出や夢や希望とともに、僕の近くに置いておきたかったのだろうと思う。

           

          作品として残せるように、これから物理的作業に移ってゆくことになる。

          レコーデイングでいうとミックス作業の始まりっていうとこなのだろう・・・

           

           

           

           

           

           


          2017.04.28 Friday

          疾走

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            全力で走る君がいた

            君がどんな力にも壊されることのないようにとだけ、僕は祈った

            君の人生が幸せでありますようにとだけ、 ただ願った

             

             

             

             


            2017.01.07 Saturday

            空が眩しすぎる

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              冬木立の並ぶ空の下を歩く。

              「まぶしすぎる!!」 突然の感覚に身の置き場がない。

              足元に目をやり、もう一度空を見上げて、生きていることを確かめるように深く息を吸った。

              僕はいったい人生のどのあたりを歩いているのだろう。

              すべきことを心残りのないようにひとつずつ積み重ねることができているだろうか?

              奇妙な感覚なだけれども、このまま僕が尽きてしまってもいいようにと

              歩を確かめるように刻んでいるように思えるのだ。

              身勝手な想いだけれども、僕に寄り添ってくれたココロがやわらかな想いに包まれてくれますようにと・・・

              そう願っている。

              何事もない日々を探している。

              そんな中で見つけることのできた温もりや少しの感動があればそれはあまりにも十分なことだ。

              そして、そっとそこで輝き続けるよう、触れてはならない輝きがあることも忘れてはならない。

               

               

               

               

               

               

               

               

               


              2016.09.16 Friday

              アリガト!! 

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                悲しくて涙があふれた。

                精一杯のできることをした。

                幸せにできたことも、不幸にしてしまったことも、

                二人で涙すれば、幸せなこととできた気がする。

                今日、大切な思い出が我が家を後にする。

                僕たちは、マブタを腫らしてお別れをした。

                幸せにできなかった月日があまりに長かったことをどうか許してほしい。

                最高に素敵な君であることを胸いっぱいに感じて揺れた今日。

                悲しかったけど幸せだった。

                次の人生がもっともっと幸せになりますように。

                奏できれなかっただろう君の人生を取り戻して・・・

                最高の人生を送ってほしい。

                               (piano に紡がれた大切 : さよならpiano君)
                 

                 

                 

                 

                 

                 

                 


                2016.06.21 Tuesday

                遠い記憶と季節のふちどり

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                  君の愛した季節は遠い想いに縁どられ

                  寄せては返す波のようにね、永遠と繰り返すよ

                  君の愛した季節にはやさしい声が聞こえるね

                  幼い日々に描いてた未来に逢えるといいね

                   

                   

                   

                   

                     ( 写真は野田さんち「ひだかや」はす向かい、派出所向かいの「コマシン」の壁 )

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   

                   


                  2016.05.07 Saturday

                  「たま」が繋いだモノ

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                    ここにはたくさんの人がやってくる

                    「たま」が人気者だからだ

                    なぜか切なく心に寄り添う笑顔

                    今、「たま」の後を継ぐのは、二代目駅長の「にたま」で、今日は駅舎でごろりと休んでいた。

                    「たま」は人をつないでくれるやさしい心になり生き続けている



                    貴志川線の終着駅、貴志駅には猫の駅長の「たま」がいる。
                    人と猫の間の暖かな繋がりがあって駅長に就任することになった。
                    「たま」は2015年6月22日天国に旅だった。
                    今は「たま」の後を継ぐ二代目駅長の「にたま」がいる。
                    「たま」は何もなかった田舎町の鉄道の廃線の危機を救い、
                    「たま」のおかげで多くの人がやすらぎを求めてやってく
                    るまでになったのだ。                
                    休日ともなれば、知らない人同士であっても「たま」のおかげでココロなごませ繋がることができるのだ。
                    「たま」はこの世を去っても、多くの人のココロの中で生き続けている。
                    僕達は、疲れてしまったり、汚れてしまったりする。
                    そんな僕達に向かって「たま」は純真を輝かせ、何ひとつ求めることなく、
                    ささやかな喜びを届け続けてくれている。

                    学ばねばならないものを届けてくれている。
                    やすらぎと幸せを届け続けてくれている。

                                      ( 現在執筆中の篠了平エッセイ集より )










                     

                    2016.03.25 Friday

                    時代

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                      煉瓦造りの壁なら大正から昭和初期

                      少し高層の公団は昭和の後期

                      住む人は変わっても、建物が古びても、営みは続き想い出は残る

                      この町の時代を感じる一角だ

                      感性の凝縮を感じる街

                      今、なぜか、ココロがギュッとなった














                       

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