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篠了平(しの りょうへい)公式ブログ!

ぼちぼちと歩き続ける日々

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2017.02.17 Friday

いつか懐かしいメモリーに

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    コチャリ、 パパチャリ、 三人乗りのママの電チャリ

    いつか懐かしいメモリーになるんだろうな

     

     

     

     

     

     


    2016.08.12 Friday

    真夏の月

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      朝まで眠ることができなかった。

      真夏の月は南の空にいた。

      良かれと思い進めたことで、娘を苦しめることになってしまった。

      戻ることない時の重さに今は自責の念だけがあふれている。

      必要以上を言葉にすることなく、心だけ寄り添いたいと思う。

      何があっても家族は家族だ。

      いつも共に在り、君を守りたいとだけ思う。

       

       

       

       

       

       


      2015.06.17 Wednesday

      何を選ぶべきか?  どう生きるべきか!!

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        それほど多くはない選択肢でも、組み合わせまでは考慮できるが、
        組み合わせたものの次の動きを考慮した瞬間に選択肢はコントロール不能になる。

        第一に守らなければならないのは、家内の想いだ!!
        悔しい想いを救えるのは僕以外にない。

        そして次の瞬間・・・

        あれほどまでに、胸は動悸が続き、先の見えない苦しみが
        絶えることなく僕の心に襲いかかってくる時間が続く中、
        突然に僕の動悸は収まった。 今日、今、まさにそのひと時だ。
        この時が続けばいいのにと僕は心から願っている。

        ようやく、ココロが総崩れにならないで済む道が見えた。
        明日、僕の心がまた悪い状態に逆戻りすることなどないように、
        今までの僕の周りの人たちが僕のためにしてくれたことを今一度胸に刻もう。
        そしたら、ことを知らない人の心ない言葉があろうとも、
        僕はこの戦場に倒れることがあったとしても
        決してココロ屈することなく戦い続ける永遠の戦士になれるだろう。

        群衆の中、   僕は思う・・・
        大切なのは人としてどう生きたかだ。
        救おうとしたことが決して自分のためではないと言い切れることが
        胸を張って生きたと言える証だ。
        本当は僕だって、なんだって100パーセントでありたいと思う。
        でも、そんなこと、到底無理なのが僕の人生であり、僕の宿命と思えるから、
        人の心を惑わす正義よりも、僕は人の心を傷つけることのない未完成なままの僕でいいって思ったんだ。
        それなら何とかやってゆけるって思ったんだ。
        こうして、暗闇の中、できる限りの光を、僕は集めたんだ。











         

        2015.05.27 Wednesday

         117クーペ

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          JUGEMテーマ:音楽

           

          昨夜、また小出さんにご一緒をお願いすることになった。

          「まにあいびと」の完成の期限を切り、急ぐあまりに、文字の不具合なところがいくつかあった。

          大変な費用が発生することになり、情けない思いになったのだが

          おそらくこれが最後のアルバム作りだとの思いで、力を振り絞ってやってきたことなので

          すでに手売りで販売したり、お世話になった方々にお配りした分以外は新たなものにすることにした。

          逆に、初版は本当の意味での限定版だから手元に少し置いておくこととした。



          作業を終えた僕らは、仕事場であり生活感のあふれるマンションの渡り廊下に吹く

          夏の予感を含んだ風や夜景と共に心地よいひと時を迎えていた。



          そのあとは、駅前のお好み焼屋で世間話に思い出話に、

          世代が近い分淡々とした盛り上がり、なつかしさがあふれだした。



          その昔、いすゞに勤めていて、117クーペの話になった時には、

          当時一番乗りたかった車だったし、今でもその思いは変わらないのだが、

          経済的に買うことなどかなわなかったあの頃、

          ホントに美しく、心を揺らす魅力を持った車だった。

          乗れなかったからこそのあこがれが、今でもこらえきれないほどによみがえった。



          このノスタルジーと感情は曲を書きたいと想う時の心の動きに酷似していることを感じていた。















           

          2015.03.22 Sunday

          気をつけて

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            おじいちゃんと孫

            小さな踏切をゆく鮮やか色した特急電車

            そして「守る」

            おじいちゃんは孫と手をつなげて幸せだろう

            この子も守られることの温かさをちっちゃな手に記憶して

            次の世代へと紡ぎつないでいってくれるだろう

            いつか君も父となり、そしてやがてやさしいおじいちゃんになってくれることを願う
















             

            2014.10.13 Monday

            コスモスの丘で

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              いつか今日を思い出す日がやって来る

              コスモスの丘にはひと足早い季節が・・・

              あたりは鮮やか色に満ち始め、ひんやりとした高原の風が記念写真のフレームを引き締めた

              子供ずれの家族

              来年はその可愛いお口から「綺麗だね」って言葉が聞けるといいな







               

              2014.09.25 Thursday

              家族達の休日

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                広っぱには、ゆっくりと影が伸び始めた。

                それでも、家族たちの午後は歓声に包まれていた。

                こうして幸せのバトンは子供たちに受け継がれてゆく。

                これから先の季節は、日時計が一番に時を告げてくれることになるだろう。








                 

                2014.06.28 Saturday

                一生分の勇気

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                  向こうを向いていたり
                  こちらを見ていたり
                  木に隠れたり
                  現れたり
                  足元を確かめたり
                  目線を遠くに移し急に走り出したり

                  それぞれの人生の時には、意識にのぼる理由があったり、なかったり
                  多くの人は静かな時を望み、中には自ら舵を取りたいと願う者もいるだろう

                  どの道を選ぶとしても
                  一生分の勇気を振り絞らねばならない時はやってくる



                   

                  2014.06.16 Monday

                  チチの日 と マンゴープリン   

                  0


                    マンゴープリン

                    最近は、何故かトランクスと決まった感のあった娘(次女)からのプレゼントだったが、
                    今年の父の日は、僕の寝ているあいだにマンゴープリンを作ってくれた。
                    親ばかかもしれないが、売りに出しても大丈夫じゃないって確信する程に、
                    「ウマイじゃん」って思うわけです。
                    心が何より一番の味付けのスパイスになります。
                    手作りのプレゼントほど嬉しいものはありません。

                    でも、本当に一番嬉しいのは、父親がこんなにダメなやつだったのに、
                    まっすぐに育ってくれたことです。
                    どうか、今のまま、物にとらわれることのない、心を大切にできる人のままで
                    育っていって欲しいと願うばかりです。
                    苦労はしても挫折することなく、自分を大切にして、自分を守って
                    壊されることのない強い自分で、描いた夢を叶えていって欲しい。
                    そう祈るばかりです。
                    今更ながらだけれども、そんな想いを守れるよう
                    そっと力になれたらと思うわけです。

                    2014年6月15日のマンゴープリンのこと、
                    僕はこの先、時々思い浮かべることになるだろう。







                     

                    2014.03.29 Saturday

                    参る

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                      近所では、この辺で、毎年一番に咲く倉庫前の桜が満開になった。
                      そんなこの季節にようやくお墓参りにゆくことができた。
                      できる限り、毎月中旬までには訪れるようにしているのだが、
                      今月はいろいろと事件があったり、自分自身の健康上のトラブルがあったり、
                      はたまた責任ののしかかる人様の御用があったり、自分自身のプロジェクトのトラブルがあったりで、
                      お参りが今日まで伸びに伸びてしまった。
                      ご先祖様にも、近年は、ようやくまともな道を歩んでいることを
                      ご報告できるようになったと思っている。
                      しかしながら、僕は取り返しのつかない道を歩いてきたのも本当のところだ。
                      僕には、答えようのないことが答えだという答えがある。
                      自分の意志とは無関係に、強迫観念のごとくに自らを壊されてしまったが故のことだったと
                      今では、自分自身ををそう観察できる自分がいる。
                      それは、力で押しつぶされ、追いやられることで行き場をなくし、
                      タイムリミットを突きつけられたが故のことで袋小路の淵を乗り越えてしまい
                      その先からすっかり転落してしまった結果のことだと思えるからだ。
                      にもかかわらず、世の中には未だにクズ達の自我のための暴力が横行している。
                      いい加減にしてほしいが、まともに生きているものは、本当に失くしたくないものや
                      守りたいもの、特に愛する者のために守りたいもの、守らなければならないものがあるのなら
                      自分のため以上に、愛する人のために自己防衛を徹底しなければ
                      どんな汚く醜い暴力が襲いかかってくるかわからない。

                      日常の社会生活においては、
                      最初に答えありきなのに、話を聞いているふりをしては、自分の思い通りでなければ、
                      だんだんというか、急にというか、勝手にエスカレートして「だからこうだろ」
                      と立場を盾に威圧する者もいれば、
                      誰にでもおっしゃる通りですと、それぞれに対し、我が身可愛やでというか面倒だからと
                      誰にでもいい顔をする者もいる。
                      この二者に対しては話を持ちかける意味合いは全くない。
                      この程度のことは馬鹿らしいと済ませばいいことであり、放っておくか、
                      逆に適当にあしらえば良いことのようにさえ思える。

                      心の内を語り合い、せめて、時間をおいてでも建設的に問題解決に向けて
                      相手を尊重する気持ちを持って歩む意思がなければ人を傷つけずに解決などできるはずもない。
                      自分をさておく気持ちを一瞬でも持てれば、
                      どうあがいて答えを導いたらいいのかくらいの道は開けるものと僕は思う。








                       

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